花影

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クラスメイトの中に、本が大好きな子がいる。授業の合間、朝と帰りのHRが始まる前、挙句の果てには授業中に読み出すような子だ。

授業中に読んで大丈夫なのか?とは思うけど、その子は成績は安定しているようだから、先生も特に咎めるようなことはしなかった。その子の読んでいる本は、週によって変わる。

ある時は心理学の本、ある時は文庫本、ある時は言葉選びの辞典……そのすべてに繋がりはないし、ジャンルもバラバラだ。傾向なんて読めやしない。

その子とは席が近いしブックカバーをしていないから、読んでいる本のタイトルは目に入る。思わず目を疑うようなタイトルが飛び込んでくることは珍しくなかった。そんな私の視線に気づき始めたのか、その子は私に話しかけてくるようになった。


「これ気になる?」


その子は持っていた本を私に手渡した。


「貸すから読んでみて。多分、気に入るよ」


有無を言わさず席を立ち、どこかへと姿を消してしまった。残された私は渡された本のタイトルに目を落とす。


***


学校の時間では到底足りなかったので、その子にお願いして、持ち帰って読ませてもらうことにした。本なんていつぶりに読むかな……なんて、渡された時は思っていたし、すぐ飽きるんじゃないかと考えていたのだが……。

思いのほか面白くて、気づけば数時間が経過していた。仕草や話し方から分かる感情や、座る場所から分かる思いなどがその本に載っていて、読めば読むほど引き込まれる。

底なし沼に落ちる感覚ってこんなんなのかな。絶対違うとは分かっているけど、そんな気がする。結局、渡された本は3日かけて読み切ったのだった。


***


「面白かったでしょ?」


休み時間に本を返した時、その子はそう言った。


「うん。すごく」

「勉強になるし時間も潰せるし。一石二鳥だよね、読書って」


この子は読書をそういう風に捉えているようだ。私からすれば、苦手な活字を読むだけの苦行でしかなかった。だけど、今はちょっと違う気がする。


「こういうの、まだまだあるからさ。よかったら書店とかで探してみなよ。オススメ知りたいなら貸すから」


こうして、その子との繋がりが生まれた。


***


好きな本は何か?と聞かれた時、私はこう答えるしかない。

「いろいろです」と。

1つには決められない。

あの子に貸してもらった心理学の本だけでなく、病気に関する本、コミックアンソロジー、生物の大図鑑、有名な作品の小説などなど……上げればキリがない。

でも私はそれでいいと思ってる。好きな本、なんて抽象的な質問をされても、一つだけ選ぶことは難しい。好きな本が沢山あるなら、それでいいと思ってる。

さて、今日は何を読もうかな。


2024/06/15
好きな本

6/15/2024, 1:33:02 PM