ホシツキ@フィクション

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『明日か、東北に出張行くの。東北初めて行くなあ。』
私は会社から出張を命じられ、明日から3日間仙台へ行くこととなった。

“東北”と聞いて私が真っ先に思い出すのは東日本大震災だ。
当時私は地元にいて、地震の翌日電話がかかってきたのだ。

その番号を見てドキリとする。
それは昔チャットサイトで知り合って、関西と九州という遠距離恋愛をしていた元カレの番号だったのだ。

『そういえば彼の実家は宮城県だって言ってたし、大学を卒業したら地元に帰るって言ってたな…』

私は電話をかけ直した。なかなか繋がらなかったが、何度もかけ直してやっと繋がった。

少し途切れ途切れになりながらも、相手の声が泣いて、震えているのはハッキリと分かった。

「もしもし!?ワタル?だいじょう―――」
「なんでこうな…た!!どうして!どう…て!どこ…いるのか分からないんだ」
「落ち着いて、無事なの?」

その後も彼はどうして、なんで、見つからない、友人と連絡が取れない、など
かなり錯乱しているようだった。

元カレで恋愛感情は全くないのだが、やはり人として心配だ。
彼はハァハァと息を荒らげ、喋ることをやめた。

「ワタル…?」
「…なんでお前に電話かけたか分かるか?」
急に彼のトーンが変わり、低く、冷たい声に変わる。
「どうして…?」
彼と別れたのは何年も前だ。番号は覚えていたが、連絡帳にすら登録はしていなかった。正直本当に理由が分からなかった。

「お前が!九州にいるから!なんで東北なんだよ!なんで俺のところなんだよ!お前のところがなればいいと思ったからだよ!!!」

私は言葉を失った。
なんて返せばいいのか、分からなかった。

理不尽なことを言われていても怒りが全く出てこない。
むしろ申し訳なくなったくらいだ。
テレビで見たあの映像。あんな津波がきっと彼の大切なものを沢山奪っていったのだ。
自然には勝てない。怒りのぶつけどころが分からなかったのだろう。

私はなんて答えたらいいのか、正解が全く分からない。
やっと絞り出した声で小さく
「……そっ、か…」
と言うのが精一杯だった。

言い終わるや否や、ブツリと電話が切れた。

それ以来、元カレから連絡は全くない。私からも電話をかけることは無かった。

彼が今どこで何をしているのか全く分からない。

願わくば、生きて、少しでも心の復興が進んでいるのを願うばかり。


そう願いながら、私はクローゼットからトランクを取り出した。


【忘れたくても忘れられない】~完~



実はノンフィクションです。
でも地名(九州)と名前は仮名です。
彼とは連絡が取れないままです。生きているのかどうかすら分かりません。錯乱した彼は「石巻にいるから」と震えながら言っていました。実はあの世からの電話じゃなかったのか?と友人から言われましたが、彼は生きていると信じています。

当時の私は「自分は無力だから」と思い、募金くらいしか出来ませんでした。
もっと他に出来ることがあったんじゃないかと、3月11日になると今でも後悔します。
お題からはちょっとずれて、『忘れたくないこと』ですが、
きっとこの気持ちと彼からの電話は一生忘れることはできません。

10/17/2022, 11:46:37 AM