無音

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【36,お題:心の灯火】

今日、会社で上司にキレられた。
理由なんて知らない、ミスした記憶もないし。もしかしたら八つ当たりなのかもしれない

帰りの電車、罰だと言って体よく押し付けられてしまった仕事を片付けていたら、あっという間に終電だった

(あぁ...惨めだなぁ...俺)

仕事が億劫に感じるようになったのはいつだ?
上司や先輩に意見を言えなくなったのはいつだ?
自分を守るのに精一杯で、綺麗事を吐くようになったのはいつだ?

吹き付ける風に、電車の窓がカタカタと揺れていた
今すぐこの窓を開けて外に飛び出したら、楽になれたりするのだろうか

(何のために仕事してんだろ...)



「はい、これあげるね」

下を向いて惨めな気持ちに浸ってると、不意に横から手が差し出された
その手には、袋に小分けになったチョコレート

「え...俺に?」

差し出された手の方を見やると、小学校低学年くらいの男の子が
早く受け取れと言わんばかりに左手を出したままの格好で、俺の方を見ていた。

「あ、ありがとう...」

戸惑いながらも受け取ると、男の子はにっと笑い左手を引っ込め
右手に抱えたお菓子の箱から、新たなチョコを取り出して、むぐむぐと食べていた

「ねぇ親御さんは居ないの?」

「おれ、家にいるとおこられちゃうから」

視線を外さずに答える男の子、なにやら訳アリなんだろう

しばらくお互い黙っていたが、終点の1個手前の駅の名が呼ばれたとき
男の子がバッと顔を上げた。

「あ、おれここだ!これ持ってけないからあげるね」

押し付けられたチョコの箱、中身はもうほんの少しになっている
なにも言えずポカンとしていると、降りる前に男の子が振り返った

「じゃあね、おじさん!」





「がんばれ!」

プシュゥゥゥゥゥ!

ドアが閉まって電車が動き出した

頬の上を何かが伝って落ちていく
自分が泣いていると自覚するのに数十秒かかった。

もしかしたら自分は、誰かに認めてほしかったのかもしれない

君は頑張っているよ、と

もらったチョコレートを口に放り込んだ、優しい甘さが口いっぱいに広がる
よし、明日も頑張ろうと心の中で唱えた。

消えかかった灯りが、再び灯ったような気がした。

9/2/2023, 12:02:08 PM