一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→『彼らの時間』余話 
    〜彼らの始まりの日、その一歩手前〜

―公園で。
 夜明け前、綿貫昴晴は歩き疲れて思うように動かない足を引きずり、公園のベンチに座り込んだ。
「……司さん、何処に行っちゃったの……」
 マッチングアプリ経由で知り合った彼は、昴晴の初めての彼氏だった。18歳の昴晴の瞳に、三十代前半の彼はとても魅力的に映った。
 彼の言うことを何でも聞いて、その交換条件のようにずっと一緒にいることを約束させた。「はいはい」面倒くさそうな生返事でも応答には変わりない。
 昨日の夕方、仕事から部屋に帰ると、彼と彼の荷物が消えていた。電話は繋がらず、SNSもブロックされている。
 突然に消えてしまった彼の姿を求めて一晩中捜し回った。その結果は、極度の疲労と絶望を彼にもたらしただけだった。両手で頭を抱えて嗚咽を漏らす。
「ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃん……!」
 昴晴の呟きは涙となって地面を濡らした。

―部屋で。
 ベッドの中、微睡む但馬尋斗は柔らかい人肌を求めて手を伸ばした。手は空を掻いてシーツに触れるばかりだ。そこで思い出す。
「そっかぁ、別れたんだ」
 時計は4時を指していた。もう眠れそうにもない。
「コンビニでも行くかぁ」
 道すがら、またフラれちゃったなぁと尋斗はため息をついた。18歳の今まで、何人かの女子と付き合ってきたが、すべて彼女たちから別れを切り出されていた。曰く「尋斗、私じゃなくてもいいんでしょ?」と。
 いつも本気で向き合ってきたつもりだった。しかし、焦がれるほどかと問われれば、強く肯定はできない。それが彼女たちを不安にさせたのだろうか? もしそうなら、自分は恋愛向きではないらしい。
「焦がれるほど好きとか、マンガの話じゃんよ……」
 ずいぶんと空が白んできていた。
 コンビニの袋を提げた尋斗は、通りかかった公園を横目に見た。
 公園で朝食も悪くない。彼は足の向きを変えた。
 
 新しい一日が、もうすぐ始まる。

テーマ; 夜明け前

9/14/2024, 7:15:47 AM