物語の中はいつも、喜劇的で美しい。お姫様に選ばれる勇者様、王子様に愛された可愛い女の子。
別に、お姫様になりたいんじゃない。可愛いフリフリの格好をして、この格好をした自分が可愛いっていう勇気も、この格好が自分なんだと言える自負もない。
というか自分って、みんないつ決めるんだろう?
「知らん。そもそも別にみんな、自分ってもんが決まってるわけじゃないし」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。自分はこうって勝手に思い込んでるだけ。選択肢を狭めた方が楽だから」
桜散る。不良がたむろしてるって噂の校舎裏には僕達しかいない。というか、僕達が不良なんだろうな。喧嘩もそこそこするし、授業もサボるし。
「人って意外と、死ぬまで自分のことなんてわからんよ」
達観したように言う彼の手元にはいちごみるく。お気に入りのそれを大事に飲んで、染めたせいでパサパサになった金髪を春風に靡かせていた。
「でも、お話の中の人たちはみんな自分を決めてるよ」
「そりゃお前……もっと本読めって。童話だけじゃなくてさ」
幸せな結末の絵本だけ読む僕と違って、彼は結構読書家だ。毎年読書感想文では金賞で、もらった読書カードはいつもすぐ本屋に行って難しそうな本に変えている。だから、彼は僕よりずっと頭が良くて、ずっと物知りだ。
「本を読んだら、僕の気持ちが恋かどうかわかるのかな」
「…………さぁな」
彼は散っている花弁みたいに頬を染めて、きゅっと唇を突き出した。
みんな、恋ってどうやって判断してるんだろう。それって友達と違うのかな。違うって、どう違うのかな。
「君にも知らないことがあるんだねぇ」
「俺を何だと思ってんだ」
「ともだち……たぶん?」
何でも知ってると思ってた友人にも、知らないことがあった。それだけのことがどうしてか愉快。どうしてか聞いても、きっと彼は答えないんだろう。
ねぇ、これは恋になるのかな。それともただの友情なのかな?
僕は本を読まないから分からないけれど、もし恋だったのならいいなと思うよ。
「分かったら、君にいちばんに教えるね」
お姫様になりたいんじゃない。
君の、王子様になりたいんだ。
5/18/2023, 3:22:57 PM