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 変わり映えのしなかった農地の風景に、少しずつ建物が増え、だんだん都会らしくなっていく。列車内で眺めていたリュカは、少しずつ近づいていく実家への道を考え、目を閉じた。
「あー、家帰りたくない〜」
「え?さっきまでずっと帰りたいって言ってたじゃん!」
 隣に座っているミカエルが、クッキーを片手に目をひん剥いた。クッキーを一枚貰い、少し齧った。
「合宿に比べたらね。もちろん家に帰りたいのは帰りたい。でも、親に会いたくない」
 そう、帰りたいのは山々だ。しかし、今、親と顔を合わせにくいのもまた事実だった。リュカはため息をついた。
「……ああ見えてご両親と仲悪いの?」
「仲は普通だと思うけど、今ちょっと会うの嫌だ」
「………………反抗期?なんか意外だね」
 戸惑った様子でミカエルが尋ねた。
「んー…………家に帰っても教師がいるのは……ちょっと」
 ああしまったな、家に帰りたくない理由を説明したらミカエルとも気まずくなりそうだ。冬休みを前に人間関係を拗れさせたくない、リュカは言葉を濁した。
「リュカでもそう思うんだ」
「そりゃあ嫌だろ、親の勤め先だとわかった上で入学しても嫌なものは嫌だよ。どこでいつ誰が奴等に俺の悪事を密告しているか考えだけで恐ろしいよ。ただでさえ、この学校は俺を一方的に知っている人たちが多いのにさ」
「あはは、リュカの知名度すごいよね」
 納得しているミカエルに疑っている様子はない。誤魔化せたことに内心ホッとする。
「そう。今帰ったら入学以降耳に入っただろう俺の有る事無い事を詰問して、咎められて、最悪の冬休みになりそう。だから家に帰りたくない」
「それならうちに来る?」
「え?」
 あ、でもうちって言っても僕の実家じゃないんだけどと付け加えられた言葉に首を傾げた。

「別荘」
 ごくりと唾を飲み込んだ。
「この時期だと観光客もたくさん来て、名所の小山で初日の出を見たり、麓の料理店で鶏の名物料理を食べたりするんだよ。大きなスキー場もあるし、近所の凍った湖でスケートもできるよ」
 小山での初日の出。鶏の名物料理。スキーができる環境。
 もしかして、ミカエルの言う別荘は貴族御用達のあの別荘地にあるのだろうか。以前から感じていたが、ミカエルは本人も無自覚のお坊ちゃんタイプに違いない。
「いいの?お邪魔して」
「いいよいいよ」
「……その別荘に家族もいらっしゃる?」
「あー、子供だけだと難しい?」
 家族のことを聞いた途端、やはりミカエルは困ったように眉を下げた。いくら高校生でも危ないかなと家族のワードを避けるミカエルに、リュカは、望んでいるだろう反応をしてみせた。
「え、もしかして俺達だけ?いいじゃん、めちゃくちゃ楽しそう!ね、その別荘ってもしかしてアコ村の地域?エスト山の日の出とアコーラン鶏の丸焼きが有名なところでしょ。俺、人生に一度は行きたかったんだよね」
 ミカエルは、安堵したように頷いた。
「うん、アコ村だよ。それなら僕が案内するよ」

 一度解散したリュカは、実家への道を歩いていた。
 先程は「家帰りたくない」と口にしたものの、いざ家に着くと今度は「急に友達の別荘で過ごすなんて言ったら、それはそれで怒られそう」と不安になる。
 ……どっちにしろ怒られるかもしれない運命なら、アコ村に行ってから怒られるか。
 そっとドアを開けると、誰もいなかった。まだ学校で仕事をしているのだろう。毎年、両親が家で寛ぎ始めるのは、学校が冬休みに入ってから一週間後くらいからだった。ホッとしたリュカは、リビングに書き置きを残して旅行の準備をする。荷物は、この鞄に入ったものに私服を入れたら問題ない。10分もしないうちに準備が終わり、リュカはそそくさと実家を出た。
 ミカエルとは、中央の駅で待ち合わせをしている。こうなったらとことん楽しんで、それから家に帰ろうと覚悟を決めたリュカは、駅への道を走った。

6/27/2023, 8:36:06 PM