名無し

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   あいまいな空



夏が霞んだみたいなあいまいな空を見た。

時刻は21時52分で、8月の真ん中で、蝉の声がうるさかった。

強く握りしめた拳が少し痛い。

制服のネクタイがいつもよりきつく感じて、首が縛り付けられているような感じがする。

いつも通りの赤いチェックの入ったスカート、少しくたびれたワイシャツ、スカートと同じ柄のネクタイ。

どこもかしこもいつも通りなのにうまく動けなかった。

夏祭りですくった金魚の入った夏を閉じ込めたみたいな爽やかな水槽からエアストーンがちゃぽんと音を立てて空気を吐き出す。

あなたから奢ってもらった握りしめすぎて少しへこんでしまった缶コーヒーがごとんと音を立ててフローリングに落ちる。

夏の湿気がこの空気感を逃すつもりもないっていうみたいに私にまとわりついて、離れなかった。

冷房が静かに角度を変える機械音、弱い春雷の日に似た低い換気扇の音、微かな夏の残響の中で私はただ泣いている。

あいまいな空を見てる。

こうしていると改めて思う、空って綺麗だ。

今日、初めてあなたと夜遊びと言っても差し支えないほどの時間まで遊……ぼうとしてた。

そんな時間まで遊べなかったのは、私があなたに言った、ぽろっと口から出てしまった『好き』っていう二文字にあるんだろう。

自動販売機の前だった。

私に間違えてボタンを押して買ってまった忌まわしき缶コーヒーを押し付けて、あなたが他の飲み物を選んでいる時に、夜みたいで、でも夕方のみたいな、夏の終わりかけのまだ少し明るい時間帯のオレンジのような、青のようなそんな夕日に照らされるあなたがとても綺麗で、つい、口から出てしまった。

その言葉に明らかに悪いほうに動揺するあなたを見て、言っちゃダメだったなって思った。

だから、逃げた。

走って走って走って、家にたどり着いた時、玄関を開けた時、一人暮らしでよかったって思いながら、失恋を、さっきの夕暮れみたいな夜を吐き出した。

そして、もうすっかり夜になってしまった、でも少し夕暮れを帯びている空を見て、もう一度、涙がこぼれてしまった。

あなたが好きだっていってた夏祭りのいちご飴のような甘さを含み、でも少し酸っぱい感じのする空は私の涙で覆われてしまっていた。



涙で掠れてしまった空だった。





6/15/2024, 2:35:51 AM