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あの日の景色

 大粒の濡れた白い結晶がちらちらと降っていた。家の中はストーブのおかげで温かい。二重窓の内側を開けると、かすかに冷気が手元に忍びこむ。
 窓の外はどこも一面真っ白だ。大地も、空も、全て。
 ふと、外に飛び出したくなる。外は極寒だろう。今の服装なら尚更。コートとマフラーと手袋を最低限身につけた方がいいのは明白だ。……だが、そうではないのだ。たまに、理性では割り切れぬような行動に突拍子もなく走り出したくなる。このまま、外に飛び出して、叫びたい。声は言葉を成さない。感情のままにあの白に行き場のない思いをぶつけられたら!

 それでも、それは叶わない。あまりにも、時が経ちすぎた。そんな無邪気な行動ができる年頃ではない。

 ああ、あの時。あの時に戻れたら。
 あの頃は、なんでもできると信じていた。信じていただけだった。
 彼の手をとった。戸惑う目。僕はそれをものともせず駆け出す。待って、と声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをして走り続けた。
 開けた場所にきて、二人して荒い息を整える。彼の澄んだ瞳が僕を見つめた。もどかしいような、なんとも言えない気持ちに駆られて、言葉は宙を彷徨った。そして、彼にじゃれつく。一瞬の驚いた顔。
 そして僕らは笑い合った。雪が肌の上で形を崩していくのも気にしなかった。指先が赤くなっていた。それでも、僕も、彼も笑っていた。なにがおかしかったのだろう。でも、ただ幸せだった。
 
 あの時の笑い声も雪の中に吸い込まれていく。
 一面の白。

7/8/2025, 3:49:20 PM