長月より

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 高宮早苗は走っていた。教室から飛び出して、廊下をかけり、靴を適当に履き替え、そのまままっすぐ、帰り道を脇目も振らずに走っていた。その様子はさながら何かから逃げ出しているようで、実は本当に同級生で仲の良い男、宮川翔吾から逃げ出していたのだった。

 体が熱い。

 溜まり溜まった熱が吐き出し口を探すように、とにかく走っていないとやっていられなかった。風に当たっていないと何か喚きそうだった。

 だってそうだろう。あんなことをされたんだぞ。

 先ほどのことが頭をよぎる。低い声。衣擦れの音。ぬくもり。そして指先から伝わったあの──

「うわぁあああああ──!」

 絶叫した。あまりにも恥ずかしくなってきたせいで。

 いや、いや、確かに自分からいった。自分から付き合えばいいとか言ったのだ。しかもそもそもの発端からしたら、自分の好奇心でいった言葉だ。それに彼は答えただけで、彼が悪いことは何もないじゃないか。

 でも。でも、だ。あれはなんだ。あの声もあの行動も今までそんなもの見たことなかったぞ。そもそも見せてはこなかっただろう。君そんな声出るの? 君そんな行動とるの? なんでそんなに君の心臓の音うるさいんだよ。僕は少女漫画大好きでよく読むけど、少女漫画でもびっくりの展開を出すな。少女漫画ですら裸足で逃げ出す感情を僕にぶつけてくるんじゃない。受け止めきれないだろ!

 早苗の頭はめちゃくちゃだった。めちゃくちゃすぎて変な声が出るし表情がおかしくなるし顔から火が出るし心臓は早鐘のようになる。

 頼むから追いかけて来ないでくれ。そんなことを思いながら、早苗はどうにか自宅の二階にある自分の部屋のベッドにたどりついたのだった。

5/30/2023, 12:32:04 PM