海野 鈴華

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「この部屋、こんなに静かだったっけ…」



物件を決めた頃から間取りは変わらないし、なんならものが増えたため手狭になったはずの自室。
なのになんだかとても広く静かに思えて、思わず口をついて出た言葉だった。












進学を機に上京し、慣れないひとり暮らし。
バイトや講義で日々時間に追われる生活をしていた俺は、夏頃には自分の時間が作れるくらい毎日に慣れてきていた。


そんな中サークルの友人の紹介で出会った子と周りの後押しもあり付き合って少しずつ2人の時間を共有し、お互いが居ることが当たり前になってきていた。


時間が合えば一緒に帰り、休みが合えば出かける。
試験前には自分の家で2人とも受講している選択講義の試験勉強をした。学生らしいお付き合いだ。




また、付き合う日数が増えていくにつれ、自室に少しずつ増える彼女のもの。
マグカップ、カトラリー、ルームシューズ、ルームウェア…
淡いパステルカラーのものばかりでモノトーンな俺の部屋に花開いたように見えるのが少し照れくさく、嬉しい気持ちにさせた。









付き合い始めてから時間が立つのが早く感じるようになったみたいで、気がつけば初めて会ってから1年が経とうとしていた。
時間が経つと当たり前な出来事はおざなりになるもので、俺は彼女との時間を作るより友達との遊びやバイトに時間を当てるようになってきていた。

好きなら一緒にいなくても問題ないと思い始めている俺の変化を彼女が気が付かない訳もなく、大切な話がしたいと俺の部屋に押しかけてきた彼女は距離をおいてほしいと告げてきた。



曰く、好かれていると信頼してくれるのは嬉しいが、その信頼を過信して適当に扱われるのは不本意であるとのことだ。


鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
進級にあたって次年度の選択講義の相談かと脳天気に考えていた数刻前の自分が恨めしく感じた。
気持ちがあれば問題ないと思ってたのは自分だけであり、尚且つ適当に扱ってるように思われてるとは。
申し訳無さで言葉も出なかったが、終わりにしたいわけではないので何か伝えなくてはとまとまらない思考で必死に弁明をした。


彼女も好かれていることは伝わっていると、当たり前になりすぎてきてたのは自分もだと共感した上でそれでも距離を置きたいのだという。


嫌われてないなら離れていく意味はないのでは。
日常の支柱がまるごとなくなるような感覚さえ覚える。
喪失感を抱く俺に対して彼女は真っ直ぐな目をしていた。
視線がぶつかった瞬間悟った。彼女は腹を決めているのだと。俺には彼女を引き止められないのだと。











「この部屋、こんなに静かだったっけ…」



物件を決めた頃から間取りは変わらないし、なんならものが増えたため手狭になったはずの自室。
なのになんだかとても広く静かに思えて、思わず口をついて出た言葉だった。


あのあと彼女は俺の部屋においていた私物をすべてまとめて持ち出した。
これがあると気掛かりになるからね、と。
俺の部屋に咲いていたカラフルな花々は一時の出来事であっという間に枯れてしまい景色をモノトーンにした。
これが俗に言う灰色の景色か、と思い自嘲気味に笑った。
俺の独り言は春の夜に溶けていった。

























エイプリルフールでした!!!驚いた??

と、日付が変わると同時に持ち出した私物と一緒に駆け込んでくる彼女を見て安堵し泣いたのは数時間後の話。



【静寂に包まれた部屋】

9/29/2024, 2:43:05 PM