Apollo

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「My treasure is...」
 窓の外の荒天とは別世界のように長閑な空気に包まれた教室。この時間が終われば今日という日に何事もなく幕を下ろすことができる。早く過ぎ去らないだろうか。……なにもかも。
 パチパチ……
 心のこもらない拍手に、ハッと身を震わせる。慌てて頬杖を解くと、拍手はすでに消えかかっていた。
「Thank you〜」
 ALTが1人テンション高くリアクションし、それから簡単な質問が繰り出された。スピーチを終えた学級委員は緊張が収まりきらない赤い顔でそれに応えている。自分の時は時間が足りないとかで質問が省略されたらいい。そんな後ろ向きな願いを胸に、また外を見る。誰もなにも言わなくても、季節はちゃんと進んでいく不思議。全てがプログラミングされているんじゃないかと思う。神様は信じてないけれど。
「Next!」
 はい、と堂々たる日本語で返事をして立ち上がったのは、千早。スラックスの制服がよく似合う。男子と違ってウエストがゴム仕様なのがスタイルに悪影響だと嘆いていたけれど、背が高い千早はシュッとしていて十分かっこいい。
「My treasure is this one.」
 手のひらを開いて見せる千早。人差し指に引っ掛けたリングからぶら下がっているのは、遠目にはよくわからないほど小さな飾りだった。ギリギリ判別が付けられそうな前の席の人達が少し身を乗り出したのが分かる。後席は諦めモードが漂っている中、……数人は体を硬直させていた。私も含めて。
「I love our team.I love members.」
 千早が手のひらを再び握ったので、キーホルダーは見えなくなった。でも私達には鮮明に思い出せる。1人1人違う色で揃えられたアクリルのハートも、それをくれた時の美耶の顔も。
 義理感満載の拍手に軽く頭を下げてから、千早は質問の受け答えに入った。バレーボールチームの話。ドクドクと異常な速さで脈を打つ私の体は、少し震えていた。
 千早が堂々と席に戻るのを、私は直視できなかった。ズルい。私はズルい。それに対して、チームの全てに向けて一石を投じた千早の潔さ。口ばかりの私とは違う。子供の頃の写真は確かに「宝物」だ。だけど、今を逃したら私はもっと大きな宝物を失うことになる。
 次のスピーチが始まるのも構わず、私は机の横に下げられたカバンに手を突っ込んだ。見えにくい内ポケットに、捨てることも下げることもできず入れっぱなしになっていたキーホルダー。私は薄い黄緑だ。千早は黄色。美耶は青。
 久しぶりに直視するそれを、私は指先でそっと撫でた。
 なんでこんなことになってしまったのか。なんでもない諍いが美耶を孤立させたこと、美耶と対立した数人の激化していく態度に物申せなかったこと。美耶とはその数人の陰口を叩きながら、チームに行くと美耶には近寄れなかったこと。
 これもプログラミングされているのだとしたら、次のコードはきっとこれだ。ぎゅっとキーホルダーを握り締める。考えてきたスピーチの原稿は無駄になった。ほぼ即興で話す下手な英語で、私は一体なにを伝えられるだろう。でも、胸を張って伝えなければ。
 My treasure.
 私の宝物。
 それはかつての、そしてこれからの私達のことだよって。

《宝物》

11/21/2024, 9:51:24 AM