田中 うろこ

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もう一歩だけ、(長いです)

 長い長い4年間の大学生活を終え、無事に教育学部を卒業。実習も、なかなか手こずりながら要領を得ることができていた。しかし、これから三年間、俺は同じクラスを見ることになった。陽山准22歳、森月高校1年C組の担任生活が始まる。
 「ごめんね、入ってきたばっかりなのに」
校長先生は俺達を呼び出して、一言目でそう言った。ここに呼ばれたのは俺と一緒に赴任してきた芦野先生と、田中先生。ふいに隣を向くと二人も同様に狼狽えていた。割と都会のこの高校は、恐ろしいマンモス校。入ってきて一年目の俺達。
 「実は一人、親の介護のために先生が一人辞めてしまってね。初っ端で申し訳ないんだけど、誰か担任を持てる人は居ないかな、なんて……」
校長先生の言葉尻は、どんどん弱くなっていく。最後の方はゴニョゴニョ言って何も聞こえなかった。しかしまあ、謝っていることはわかる。
 「俺はすみません。できないです。」
田中先生は手を上げて、恐る恐る口を開いた。田中先生は俺と芦野先生より1年先輩だ。
「実は前の学校でも担任やってたんですけど、生徒に暴行を受けて。そのトラウマがあって……」
「そ、んな……」
「ああああごめんねえ!やらなくていいから!」
田中先生のカミングアウトを受け、絶句する芦野先生、叫ぶ校長先生。二人とも優しい。きっと二人ともいい師を持っていたんだろう。
「……それはお辛いです。」
「お二人のサポートはいくらでもしますから。ここ一年はすみません、教科担任で行かせてください。」
「うんうんうん良いよ、うん、社会教科は資料づくりも大変だから。無理しないでね。」
「先輩、大変なことがたくさんあったろうに俺達の事気にかけてくれて、本当にありがとうございます。」
そして、身体というのは言うことを聞かないものである。勝手に手が、真上に上がっていた。
「俺が持ちます。初めてで何もかもうまくいかへんけど。先輩と、芦野先生と、協力して、いい教育をしたいです。」

そうして、涙をぼろぼろ流して叫ぶ校長と、申し訳なさそうに目を細めた田中先生はありがとうと言ってくれた。それから、芦野先生が私もやります!と対抗し、冗談めかして言ってくれた。校長の采配で、芦野先生は副担任になった。

「今日からみんなの担任になります、陽山准です。ハルヤマジュン、ハルジュンて呼んでな!」
ここから1歩踏み出して、ある意味地獄の日々が待っていることなんて、このとき、誰にもわからなかった。ただ一人、その地獄の萌芽を除いて。

8/26/2025, 1:56:13 AM