ミミッキュ

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"神様が舞い降りてきて、こう言った"

「…。」
──ここはどこだ?確かグラファイトと戦ってて…。
そこまで考えて、はっと思い出した。俺は負けて、アスファルトの地面に倒れて、そこで記憶は途切れていた。恐らくそこで意識を手放したのだろう。ならここは"黄泉の国"か。にしても、思っていた黄泉の国とはだいぶ違う、というよりかなりかけ離れている。一見暗闇だが周りを見てみると、星雲のような星々の集まりが無数に広がっていて、まるで柔らかな照明のように辺りを照らしてくれているおかげで足元がよく見える。なんて考えながら足元を見ていると不意に
「君はまだ、ここに来るべきじゃない。」
と、声を掛けられた。バッと顔を上げると、いつの間にか──恐らくだいぶ混乱して気付けなかっただろう──目の前に大きな扉が聳え立っていて、その扉の前に人影が一つあった。声の主は恐らくあの人影だろう。
「はぁ?"来るべきじゃない"って言われても知らねぇよ、気付いたらここにいたんだよ。ここに俺を連れて来たのはテメェじゃねぇのか?」
と、悪態をつきながら人影にゆっくりと歩み寄る。人影の正体は俺より背が低く、左目を長い前髪で隠したまるでスナイプのような髪型をした青髪の、見た事無い──恐らくヘッドフォンだろう──変わった形のヘッドフォンを首にかけた俺より遥かに若い青年だった。身に纏っているのは恐らくどこかの学校の制服、という事は背丈的に高校生、ならニコとそう変わらない年齢だろうと推測した、が。
「さぁ、そんな事言われても困る。いつも通りここに居たら急に君が現れて僕も驚いたし。」
「"驚いた"?」
にしてはあのセリフからずっと動揺一つ見せない、推測した年齢にしてはかなり達観した態度をとっていた。
──飄々とした様子でさっきのセリフを淡々と言っていただろ。こいつ精神年齢が実年齢より高いタイプか?
「さっきの答え。"君をここへ連れて来たのは僕じゃない。"そして"君がどうやってここに来たのかも分からない。"」
「そうかよ。…まぁこの際ここに来た経緯はどうでもいい。どうやったら帰れる?まさか"帰る方法も分からない。"とか言うんじゃねぇだろうな?」
言い終えて、ハッとする。話し方や態度のせいでこいつが高校生である事を忘れて強く当たってしまった。だが目の前の青年はそんな事は何処吹く風、というように俺が強く当たってもビクともせず淡々と話を続ける。
「それは分かる、簡単だ。君のすぐ後ろに元いたところへ帰る道がある。」
「なんだ、ならとっとと帰らせてもらう。」
と、後ろを向こうとしたが
「ただし。」
と、声で制される。
「ただし、一つだけ条件がある。それを守らないと君は帰る事が出来ない。」
「はぁ…?んだよ、それ。…まぁいい、どんな条件だ?」
勝手にここに連れて来られて、帰るには条件付きで、それを守らないと帰れないってどんな横暴だよ。
「それは…"何があっても、絶対振り返らない事"それだけ。」
「は?どんなムズい条件かと思ったら、"振り向くな"だけかよ。んなの簡単じゃねぇか。」
なんて言うと目の前の青年はこれまでの、どこかの気だるげな雰囲気から一気に神妙な雰囲気にガラリと変わった。
「"オルフェウス"の神話。」
「…は?」
かと思えば急に聞き慣れない名前と"神話"という単語がその口から発せられた。声色もだいぶ変わったので、その変わり様に驚いて反応が少し遅れた上に何をどう聞けばいいのか分からず、ただ"は?"とだけ返してしまった。
「オル、フェウス…の、神話…?何だそれ。」
何とか出せたのはただのたどたどしいオウム返しだったが目の前の青年は然と答える。
「"オルフェウス"の神話。"毒蛇に噛まれてしまった妻を冥界から連れ出そうとし、『振り向いてはいけない』という条件の中、あと一歩の所で奇しくも振り向いて、後ろをついていた妻の姿を見てしまい、妻と今生の別れとなった"という神話。」
「んな事よく知ってるな、高校生の癖に。」
「まぁ、ね。」
と、自分の推測と混じえて率直な感想を述べるが、全く驚きも頭に疑問符を浮かべるような顔を浮かべもせず、それ所かまた最初からの飄々とした態度に戻った。高校生なのは合っている、という事か。いまいち掴めぇヤツ。
「んで?"帰る時に振り返ったら、俺が元いたとこと今生の別れになるから振り返るな"って警告か?」
「まぁ、そんな所。」
「んで、"ここには俺が振り返りたくなるような『何か』があるから気ぃつけろ、誘惑に惑わされず真っ直ぐ帰り道を行け"っつー事で受け取ればいいのか?」
「流石だね、君。そこまで汲み取ってくれるとは。」
「はっ、褒めたって何も出ねぇぞ。」
方法と条件、それと注意する事が分かりゃ、あとはとっとと帰るだけだ。と思い、
「教えてくれてありがとな。じゃ…」
と礼を言ってまた帰り道に体を向けようとすると、
「待って。」
と、また声で制された。
「今度は何だ?」
「もう一つ、これは僕の自己満足に過ぎないけど。」
「自己満でもいい、何かして欲しいんなら言え。俺はとっとと帰りたいだけだ。…帰ったら二度と会えねぇかもしれねぇからな。」
そう言うと今度は、何か決意をさせる様な何かを見定めるような、まるで学生の時に受けた三者面談の担任のような、そんな雰囲気になった。彼はそのまま言葉を続ける。
「それは"君がどうしてここに来たのか"、その理由が大きく関係している。」
俺がここに来た理由?そう尋ねる前に彼が更に言葉を続けた。
「ここに来た理由、それは"君が生きる事に自暴自棄になったから"。」
「…。」
何も答えられなかった。何の声も発する事が出来なかった。俺が、生きる事に自暴自棄になったからここに連れて来られた、だと?
「…だから、何だよ。」
「だから、誓って欲しい。"もう生きる事に自暴自棄にならない"って…、そして忘れないで。"君には、生きる理由が沢山ある"、と…。」
「はっ、まさか高校生に、そんな綺麗事言われる時が来るとはなぁ 。」
そう言って、彼の答えに答えるよう、目を閉じて大きく深呼吸を一つ、そして彼を見据えて力強く頷き、最大限の決意を込めて応える。
「…あぁ、誓う…そして約束する。もう二度と、生きる事に投げやりにならねぇ。俺の生きる理由を見失わねぇ、ってな」
そう応えると彼は満足気に頷き、僅かに口角を上げて応えた。
「…うん。聞き届けたよ、君の覚悟。」
「…なら良かった。なら、今度こそ…。」
「うん、さようなら。」
「あぁ…、さようなら。」
なんだか少し名残惜しい感情が湧き上がったが、今度こそ帰り道を向いて、ただ前を向いて、そしてひたすらに真っ直ぐ、帰り道を進み続ける。そういえば名を聞いていなかった。別れを言う前に名前を聞けばよかった。…いや、名前なんてどうでもいい。ただ、彼との誓いと約束を胸に、確実に前へ前へと歩みを進める。次第に意識が浮上する感覚を感じながら。



「行ってしまったね。」
「…あぁ。」
「どうだった?」
「"どう?"って…。まぁ、楽しかったよ。久しぶりに人と話せたし、それに話した事の無いタイプの人だったし。」
「…寂しい?」
「まさか。…確かに、まだもう少し彼と話したかったけど、僕が彼をここにいつまでも引き止めていい理由にはならないから。」
「それもそうだね。」
「それに"彼ら"なら、僕とは違う形で"生命の答え"を見つける。せめてそれまでは、見守りたいしね。」
「うん、そうだね。…実はね。あの彼、ずっと前から以前の君を見ているようで、少し懐かしいって思ってたんだ。」
「そうかな?」
「1番近くで君を見ていた僕が言うんだ。」
「それもそうか。」

7/27/2023, 12:03:53 PM