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「どうして、蝶は羽根を持っているの?」
通りすがりの紋白蝶を見つめながら、君は呟いた。
「それは単なる進化論で____。」
「そんな、つまらない答えをまだ言うの?」
「君には敵わないな。」
「だって、それだったら鳥とは何が違うの?」

君の質問は哲学的というよりは地球平面説に対して、ひたすら問いかけるような無意味な自問自答に思えた。
「蚕は大人になったら、息が出来なくなって死んでしまうんだって。」
「それは人類の罪の一種だ。品種改良とも呼ぶ。」
「へぇ、つまんないの。」
足元に転がる小石を蹴るとコンクリートに跳ね返る。
「もし、私に翼があったら何処へ行くの?」
「それは君次第だろう?」
「行かないで、とは言ってくれないんだ。ふうん。」
「何の話をしてるのかわからなくなってきた。」
「うん、私も。」

その後、僕らはいつもの公園で別れた。君はいつもの笑顔で僕を見ていた。ただ、一瞬違和感を感じた。彼女の口がパクパクと金魚のように動いていた。その日はずっと、彼女の言葉が頭に焼き付いていた。
「私に翼があったら何処へ行くの?」
それは彼女が決めることだろう。僕は知らないふりをした。そして、彼女は居なくなった。まるで、本当に何処かへ飛んでいったようだった。彼女は何処に消えた?空を見上げると橙色の蝶の群れが飛んでいる。その中に一匹、真っ白な蝶がいた。必死に手を伸ばす。今なら、言えるんだ。どうか、行かないで。

「本当は知ってるくせに。」
脳内で聴こえる彼女の声。
「私は貴方の大切な、」
「もう辞めてくれ……!」
部屋の鏡が割れる音。両手が血まみれになった。お願いだから、消えないでくれ、僕の大切な____。そこで意識が途切れた。目覚めると白い病棟に居た。両腕が拘束されている。

「私の声が聞こえますか?」
医者のような人物が話しかけてくる。
「……ここは?」
「救急車で運ばれたんですよ。」
「誰が呼んだんですか?」
「何を言っているんですか?救急車を呼んだのは「貴方」ですよ。」
「それはどういうこと、」
「本当は知ってるくせに。」
当然、彼女の声が聞こえた。そうか、僕は。
「もう分かっていますよね?」

彼女は、君は、僕の中の大切な友達だった。たった一人の。幼い時、あのいつもの公園で出会った友達。
「どうして、蝶は飛ぶと思う?」
それが全ての始まりだった。掌を見つめる。
「そうか。もう、君は消えたのか。」
蝶を潰してしまった掌には、もう何も残っていない。

3/2/2023, 4:13:04 PM