寂しさ

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祖父が亡くなった。
今思えば碌でもない人だったと思う。
祖母にあたり、タバコがないと暴れ、人の家の木は勝手に切り始める。挙げ句の果てには上裸でスーパーのトイレに行ってしまう。家のトイレは汚くなるから使いたくないんだそうだ。そこまでの潔癖症だと、最早家のトイレがなんのためにあるのか分からない。
そんな碌でもない祖父が亡くなった。
涙は、出なかった。
それからは祖母と母は忙しそうにしていたが、私はというと、まだ祖父がいなくなってしまった実感がなくただひたすらにぼーっとするだけの日々を送っていた。
葬式では冷め切った揚げ物とパサパサになった寿司を何も考えず頬張った。
家族葬でよかった。体がこわばって食べられなくなってしまいそうだったから。
姉の目がパンパンに腫れ上がっていて、明日の浮腫みすごいんだろうなとどこか他人事の様に考えた。
祖母はあんなに酷い扱いを受けていたが、やっぱり長年寄り添ってきた事もあって何か感じる事があったのだろう。静かにハンカチで目元を覆っていた。
食事が終わって儀式は進み、副葬品を棺に入れることとなった。
私は折り紙で作った背広とネクタイを祖父の顔の横にそっと置いた。
本当に亡くなったのだろうか。とても安らかに眠っている様に見える。それが永遠とは思えないほどに。
祖母は祖父が使っていた手帳を納めるようだった。
「これにね、今日は来た、来なかったって毎日毎日書いてたのよ。」
「.........来た、来なかったって誰が?」
私は祖母に尋ねた。
祖母は私と姉を見て、
「そりゃあなた達に決まっているでしょうよ。毎日欠かさず書いていたわ。来ない日が続くと、おい孫達はいつ来るんだなんてうるさかったんだから。」
祖母から手帳を渡された。...開いてみろということだろう。
私はゆっくりページを捲った。
その手帳は日記のようになっていて、普通は予定を記入するところに一言ずつ綴ってあった。
だが、私達が訪れた日だけは違って、字が枠からはみ出そうなほど記入がされていた。
ああ、なんだこんなにも、こんなにも大切に想われていたのか。
私は目をしばばたたかせながら、なんとか最後のページまでたどり着いた。
すると手帳のポケットから、ひらり。と何かが落ちるのがわかった。
拾い上げてみるとそれは一枚の古い紙で、所々変色していた。大事に折りたたまれているそれを開いてみた。
いつ描いたのだろう。クレヨンで「おじいちゃんありがとう」と汚い字で書かれていた。その下には下手くそな丸の集合体、恐らく祖父であろう人物が描かれていた。
「懐かしい。それ父の日にあんたと一緒に書いたんだっけ。クレヨンの取り合いになってお母さんに怒られた記憶あるから、よく覚えてるよ。」姉が覗き込んで来てそういった。
ぼとぼとと、床を私の涙が濡らした。私の事なんていつも興味なさそうにしていたくせに。あんなに碌でもないやつだと思っていたのに。その考えは一生変わることはないと思っているのに。どうして今更。
その手帳は日記だったのだった。大事な大事な想い出を閉じ込めておくための。
でもそれは祖父のものではなく、私達の、私の日記帳だったのだった。



8/26/2023, 2:57:33 PM