「欠けてしまう月や流れ落ちてしまう星に願い事をするのって、不安にならない?」
ベランダで缶ビールを飲みながら、彼女は不意にそんなことを言った。
「そう?」
スルメをくちゃくちゃ噛みながら、私はのそのそベランダまで這いずっていく。外は虫がいるからあまり出たくない。網戸を挟んで部屋の内側から、タンクトップ一枚の彼女の背中を見つめる。
「そんなものに願い事をしたって、ちゃんと聞いてくれるか分かんないじゃん」
「あー、確かに」
それでも彼女は月から目を離さない。今日は満月。いつもより大きく見える月が彼女を照らしている。
「やっぱご利益ありそうな仏像とかがいいよ」
「そっちのが下世話な願い事は却下されそうじゃない?」
「そうかなぁ」
私達は週末、こうして互いの家で呑みながらダラダラとくだらない会話をする。そんな生活ももう七年。
親友というか、腐れ縁というか、心地よい関係は続いている。
「ってか、下世話な願い事ってなんだよ」
笑いながら彼女が網戸を軽く叩く。
私はようやくスルメを飲み込んであはは、と笑う。
「お金持ちになりたいとか、恋人が欲しいとか、美味しいもの食べたいとか、下世話な事願ってられるのは平和な証拠だよ」
「そりゃそうだ」
「アンタはなんか願い事あんの?」
大きな丸い月を背に、彼女が振り向く。
「んー·····」
網戸越しに月を見る。
焼き目のついたホットケーキみたいだ。
食べたら無くなってしまうホットケーキに、私は何を願うだろう?
「とりあえず腰が治りますように」
「ぶっ!!」
缶ビールを盛大に噴き出す彼女に、私はまた笑う。
欠けてしまう月にも、流れ落ちてしまう星にも、食べたら無くなってしまうホットケーキにも、本当に叶えたい願い事は言わない。――これは私が全霊をかけて、自分の力で叶えなきゃいけない願いなんだから。
〝ずっと彼女と一緒にいられますように〟
END
「月に願いを」
5/26/2024, 4:33:58 PM