『明日への光』
勢いのまま、戻れない選択を彼女に強いる。
彼女のことを信じはすれど、安心はできなかった。
不安にならない日がないと言えば嘘になる。
どうしたって、彼女は孤高であろうとするからだ。
*
青銀のポニーテールが夕日を浴びる。
容赦のない残陽は、彼女の柔らかな髪の毛を黄金色に輝かせた。
透過した光は彼女の存在そのものをかき消そうとする。
言いようのない不安感が襲って手を伸ばした。
「なに?」
掴まれた手を振り解くことなく受け入れながら彼女は振り返る。
純度の高い瑠璃色の瞳は真っすぐに俺を射抜いた。
「いえ、ただ……」
「ただ?」
俺といて、あなたは幸せですか?
溢れそうになる脈絡のない本音を慌てて飲み込む。
「好きだなと思いまして」
嘘ではない言葉を口にして本心をごまかした。
「……」
彼女は眉を寄せて、薄い桜色の唇がなにか言いたそうに動かすが、澄んだ空気はいつまでたっても凍てついた風の音しか運んでこない。
空から零れ落ちていく夕日を、彼女は鬱陶しそうに拘束されていない左手で遮った。
汚れを知らない無垢で細い指に、何度、俺の未来を刻みつけたいと希ったか。
「そんな雑な告白で、私が靡くと思ってる?」
「失礼ですね?」
「事実でしょ?」
その雑な告白で絆されたクセに。
目を細めたままため息混じりに吐き捨てた彼女に負けじと応戦してみたが、妙なところで鋭く暴いてくるから分が悪い。
「適当に好きだなんだって言えば振り返ってもらえるって思わないでよね」
「でも、無視はできないでしょう?」
拒むにせよ、受け入れるにせよ、彼女はなにかしらの反応をするはずだ。
孤高であろうとするがゆえに、彼女は人の感情を無視できない。
俺は、そうやって彼女の心を擦り減らしてきたのだ。
「それは……」
「ほら、図星」
「でも、だからって……」
きまり悪そうに目を逸らす彼女だが、おとなしく引き下がるつもりはないらしい。
「毎回そんな片手間のように言われちゃうと、どう反応していいのかわかんない」
「そこは素直に結婚してくれていいんですよ?」
「殴っていいってこと?」
「それで結婚してくれるのならいくらでも?」
「ふざけるのやめて」
つい茶化してしまったら、彼女は唇を尖らせて拗ねてしまった。
「ウソは言ってませんよ?」
殴られることで彼女の一生が貰えるのであれば、右でも左でも喜んで頬を差し出すけどな?
「なにに対してそんなに必死になってんのかわかんないけど、不安ならそう言って」
「え?」
「れーじくんみたいに、いつも気づけるわけじゃないの」
掴んでいた俺の手の上に、彼女の左手が重ねられる。
温かな彼女の熱に、心臓の脈が乱れた。
「ちゃんと受け止めるから、隠さないで素直に教えて」
念を押すように見つめられ、思わず生唾を飲む。
「わかりました」
うなずいたあと、彼女の右手を引いて足を進めた。
逸る心臓の音に合わせて、つい歩幅も大きくなっていく。
「では、早くキスがしたいので帰ります」
「キッ!? は、はぁっ!?」
「素直に伝えていいんですよね?」
「そ、れはっ」
ひょこひょこと頭を揺らす彼女は、乱れた横髪を少し震えた手で整える。
「そ、それで、れーじくんの不安が紛れるなら……いい、よ……」
か、かわっ!?
意を決したようにそう告げた彼女の唇は、心なしか蠱惑的に艶を帯びる。
誘っているのか、煽っているのか。
往来でけしかけたのは俺だが、彼女のこんな顔を誰かに見られたらと思うと気が気でなかった。
「……」
さっさと部屋に閉じ込めたい。
「3回、いや、10回くらいしてもいいですか?」
「そんなにたくさんは、ドキドキしておかしくなっちゃうからダメ」
キラキラと鮮やかな橙色が彼女を照らす。
先ほどの言いようのない不安感は今はなく、あるのはただの衝動だった。
はーーーーーーーー。
無理。
かわいい。
ドキドキしておかしくなりそうなのは俺のほうだ。
今日も俺は、恋という沼に落とされる。
12/16/2025, 6:48:40 AM