ゆじび

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「舞う」


高く。高く。高く舞え。
美しく。一瞬でも一瞬で誰かを虜にしろ。
誰かに一瞬でも愛されていたい。


まだ難しい言葉を話せなかった幼い頃。
親に売られた。簡単に言うと奴隷。
難しく言うと「炎の踊り子」になった。
この世界では日常であるほど普通の行事。
「炎の踊り子」とは奴隷である踊り子が一夜だけ踊り狂う。炎のなか痛みに耐え夜を舞う。
一夜過ぎると血だらけ火傷だらけで息を引き取る。
そんな可笑しな行事。

今までの人生はこの行事のためにずっと
「美しい」をつくっていた。
衣装から顔体言葉まで。
人に美しいを与えるために生きてきた。
おかしいだろう。
でもこれがこの世界の普通だから。

私は他に比べると特別だった。
美しいと言われる黒髪に極端に美しい容姿。
このおかげで踊り子になるための学びの時間が少しでも少なくなった。他の子は私と比べられてよく怒鳴られていたな。そのせいで私は他の子に殴られたんだっけ。私を殴った子は「美しい」行動を失ったこと。美しいを貶したことを罰せられて引きずり回されて息を引き取ったんだった。
でも幸せだったかもね。炎の踊り子になる前に死ねたんだから。
もしもこの黒髪や美しい容姿がなかったら。
売られていなかったら。
私は今頃友達と遊んでいるかもしれない。
誰かに愛されていたかもしれない。

今月の満月の夜が来た。
今夜が過ぎ、朝になると私はもうこの世界にいないだろう。仕方がないことだけど悔しく思う。

さぁ身支度をしましょう。
髪は束ねず自由にしてあげましょう。
美しい衣装に身を包み。
軽く口紅を塗りましょう。
笑え。笑え。ずっと笑い続けなさい。
最後に刺のある美しい腕輪と首輪をつけて。
美しい血を流しましょ。
愛を語れないならば最後に私を美しいと思わせてやりましょ。


踊る。舞う。痛みに耐え夜を舞う。
涙が零れても隠せ。下唇を噛み締めて、笑ってやれ。

誰かが私に言った。
「貴方は月のように美しい」
当たり前でしょう。
でも少し嬉しい。本当に私を美しいと思うのならば
私を救い出して欲しい。
そんなくだらない考えをなくすように私はさっきよりも強く、強く下唇を噛み締めた。
「そうでしょう」
私はそういうことしか出来ない。

あぁ今夜の間だけでも私に死んで欲しくないと想ってくれる方がいますように。
私を愛してくれる人が1人でもいますように。

あぁきっと私は他の子と同じただの少女なんだろうな





これは愛して欲しい少女が見たひとつの夜のお話。


「舞う」

8/22/2025, 3:15:21 PM