薄墨

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たんぽぽが咲いている。
瓦礫と灰に埋もれた世界の片隅で。
ボロボロの灰色に覆われた町中の角で、たんぽぽだけがくっきりと鮮やかに色づいて見えた。

手に抱えた銃火器が、ずしっと重みを持った。

歌を歌おうと思った。
平和な時に、大切なあなたと一緒に歌ったあの歌を。
小さい幸せを描く、きらきらとしたあの歌を。

でも、肝心の歌詞が、メロディが出てこない。
わたしの口をついて出てくるのは、軍歌だけだ。
もはや骨の髄まで染み込んでしまった戦場の、軍歌だけ。

侵略者がやってきたその日から、この町は変わった。
ここを守るために兵が集められ、自由や警備を強化して、意味のないことは意味のあることに置き換えて、無駄を極力無くして、強くなる。
守護戦を行うための準備が進んだ。
全てはこの町を守るために。

…だが、よくよく考えれば、わたしたちの仕事に意味など、生産性などあるのだろうか。
守護者と町を守り、取り締まり、縛り付けるだけのわたしと、町の人の権利という、目に見えない微妙なものを主張するあなた。

守護者の下で、本来、生存には関係ないものを守って、感謝されようとする。
命を存続させるには意味のないこと、必要のないことを、わたしもあなたも、命を賭けて、行ってきた。

あなたとの別れは辛かった。
でもそれはただの私情でしかなかった。
わたしとあなたにとって、自分個人のひとときの感情なんて、意味のないことだった。

わたしもあなたも確信していた。
この選択は正しいと。
この選択こそ、それぞれの人生に、未来に意味のあることだと。

しかし、わたしが守りたかったものも、あなたが守りたかったものも、呆気なく滅びた。

この町は、瓦礫と灰に埋もれている。

結果的に、わたしたちの行動は、決断はそれぞれ、意味のないことだったのだ。

わたしとあなたは愚かだった。
でも、あなたよりはわたしの方がずっと愚かだ。

だって、わたしはあの歌を忘れてしまった。
思考を統制する側に回り、自らも周りにも自由を制限したわたしに、あの歌はもう歌えなかった。
わたしの記憶は、あなたと暮らしたあの幸せな日々のことが、戦場のみで力を持つ今では意味のないことに、すっかり置き換えられてしまった。

わたしもあなたも愚かだった。
意味のないことを争って、意味のないことのために戦った。
でも、あなたの方が賢かった。
最良ではなかったけど、少なくともマシな方を選べたのだから。

わたしはあなたを探している。
わたしより、少し賢いあなたなら、きっとあの歌を歌えると思ったから。
わたしは愚かだから、もしかしたらもう何もかも遅いかもしれないけど。
これだって、振り返ってみれば、意味のないことかもしれないけど。

でも、わたしはあなたに会いたかった。
あなたともう一度だけでも、話したかった。

このひっそりと逞しいたんぽぽを、あなたに見せたかった。

わたしは歩く。
家も店も道さえも崩れ去ったこの町で、無謀にも足を踏み出し、アテもなくあなたを探す。
あなたに謝るために。
歌を聴かせてもらうために。

一陣の風が、灰を巻き上げる。
しなやかなたんぽぽの茎は、強かに風を受け流す。
黄色く鮮やかなたんぽぽの花が、ふわりと揺れた。

11/8/2024, 2:21:20 PM