まにこ

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クッキーを一口つまむ。それはさっくりとした食感で、ほろっと甘みを残して口内にすーっと溶けていく。
ピーチフレーバーの紅茶を啜ると、あっという間にほんのり柔らかな桃の香りで満たされていった。
「形あるものに縋りたくないの」
まるで紅茶に上書きされたクッキーのようにそれは必ず消えていく運命だから、と女は続けた。
再び茶菓子をつまみ、ティーカップに口を付ける彼女。
僕は何だか見てはいけないものを見てしまったような気がしてそっと目を逸らす。顔全体が茹で蛸のように真っ赤になる。心臓がとくんとくん、音を立てて暴れる。
「……でもね、嬉しかったわ」
こんな私に愛を囁いてくれる人がいるってこと。
貴方はいずれ上書きされていくかもしれないけれど、そこにあった愛だけはこれからも消えずに残るから。

嗚呼、勇気を出して良かったんだ。
開け放たれた窓から射し込む木漏れ日、鳥たちの囀る声、そのどれもが僕を、僕たちをあたたかく祝福してくれている。
彼女にとっての最初のクッキーに選ばれたこと、優越感にも似た心持ちで温くなった紅茶を一気に流し込んだ。

8/17/2024, 1:05:56 AM