るね

Open App

【届かない……】



 大規模な迷宮を探索するためには、迷宮内に補給や休憩ができる拠点が必要……最初にそんなことを言い出した奴を絞め上げてやりたい。冒険者ギルドの職員であるアレンは切実にそう思っていた。

 だって。それは冒険者が補給を必要とする場所まで、誰かが物資を運ぶってことになるんだぞ。拠点を維持するための人員が要るんだ。おかげで選ばれた職員が数人、迷宮内に長期滞在である。

 そして、アレンも拠点まで物資を運搬することを命じられて、迷宮の第6階層に向かわされている。

 こういう仕事を頼まれるのは、アレンが大容量の収納魔法の使い手で、物を運んだり保管したりするのが得意だからだ。

 とはいえアレンは荒事に慣れていない。魔獣を倒したことなんてない。だから戦闘ができる他の職員とギルドからの依頼を受けた冒険者たちに守られて、ビクビクしながら迷宮を歩いている。

 子供の頃はアレンも冒険者に憧れていた。強くなりたいと思った。魔法士としてなら割と優秀なはずだった。でも、性格が臆病で戦いには向かなかった。

 だから冒険者は諦めてギルド職員になったのだ。それなのにどうして第6階層なんて、一部の冒険者しか足を運ばないような場所にまで行かなきゃならないのか。

 魔獣との戦闘なんて、見るのも音を聞くだけでも恐ろしい。アレンは必死に結界を張って身を守った。
 第3階層の拠点で一泊し、その後7日も掛けてどうにか目的地に辿り着いた。

「ありがとう、助かったよ。もう回復薬と食料が心許なくて」
「なんかもう、みんな焦りを通り越して『届かない……まだ届かない……』って遠い目してたもんな」
「肉だけなら魔獣も食えるのがいるけど、それだけじゃなぁ」

 迷宮に長期滞在する連中は、ギルド職員であってもそこそこ戦える奴らだ。筋骨隆々だったり声が大きかったりしてちょっと怖い。でもまあ、役に立てたなら良かったと思う。

 帰りの道中も魔獣の断末魔やら冒険者のイビキやらに辟易し、やっとの思いで街に戻った。

「ああ、アレン。おかえり。ご苦労さん」
 ギルドマスターに労われ、ちょっと良い気分になったその直後。

「今度拠点を増やすことになったんだ。予定では第9階層に」
 嫌な予感にアレンは硬直した。
「また荷物運び頼むな、アレン」

 収納魔法の容量であれば、この街の誰よりもアレンが優秀だ。喜ぶ気にはなれないが。迷宮の第9階層まで非戦闘員を行かせるとか馬鹿じゃないのかとアレンは思う。

 けど、残念ながらそれが今のアレンの仕事である。
「……転職、考えようかな……」
 呟きは誰にも聞かれなかったはずなのに、翌日臨時ボーナスが出た。


5/8/2025, 11:24:34 AM