永遠の花束。
あなたが知りたいのは庭園賢者のことだろうから、わたしはまずそのことについて書くようにする。
賢者が住んでいるのはもちろん庭だ。
00年代を代表する建築家でうぬぼれた庭師でもあったヨル・ソマリアは、洋館とそれに不似合いな悪趣味な庭園を造った。花壇に沿って長い遊歩道を歩いていくと、 六十年変わらない、永遠の花園と賢者のねぐらへとたどり着く。
なにも、真実、永遠ってわけじゃない。これでもたくさん勉強してきた。屋根はあるものの壁がない東屋をねぐらにしている。ここから見通せる、あの花壇についてひとつ話そう。ピンクのバラがあると思うだろう? ところがどっこいロージー・モーン種のペチュニア、あれはピンクのバラではない。このように賢者はたくさんの花とその正体とあるいは花言葉を空で言えなきゃならなかった。すべて書籍で勉学したが、その書籍の多くは雨風に汚れて、役に立たなくなった。書籍にもここでは永遠はない。
ヨル・ソマリアが造った最悪の庭園の時を止めるのがいかに大変かというと、まずこの庭は広大すぎた。そして、常に口が固く、緑の手を持つ庭師を雇い入れなきゃいけなかった。庭師はぜんぶで七人いた。先祖代々のわたしの契約者もいたし、近くの大学からくる人の子もいた。わたしに選ばれた庭師はみな従順で、機械のようにぎこちなかったが、総じて人の社会に愛着持って過ごしていた。
あるとき、庭師でもヨルの子孫でもない青年がわたしの庭に迷いこんだ。
あまりにも庭師らしくあまりにもヨルの子孫らしかったのでわたしは気づくことができなかった。寝ているところを起こされその青年・キサキケイに気がついた。庭に迷いこむ者は少なくなかったが、ここ二十年ではとくに増加していた。つまり青年は、今どきありふれて知に従順で、社会に愛着を抱く造園師だった。わたしは青年の悩みを聞くことにした。これが賢者の仕事だった。賢者はアプリコットティーを淹れることができた。角砂糖を用意すると、三つカップに入れてくるくると回した。わたしはなんでも知っていた。青年の名前も、過去も、未来も、現在も。それは魔法じゃないのか? といわれるがこれでもたくさん勉強していた。占い師か? 詐欺師か? といわれるが、それも勉強していた。わたしはロージー・モーン種のペチュニアと見られる花を青年に見せた。ところで、今指しているほうは、あれは本当にピンクのバラである。砂糖三つ入りのアプリコットティーをキサキに出すと俺はお砂糖はいりませんといわれた。あなたは繊細でしかし自分の決めたことにはだれの口も挟ませない大胆さを持っていますね? とわたしはキサキに聞いた。キサキはそうかもしれませんといった。
硬い黒髪で肌は強そうに色ムラはないが、釣り眉にタレ目で、眉と目の間の瞼の余白がよわよわしさを醸し出していた。キサキは近くの自然公園の管理人で、受験勉強をしながら副業で公園賢者を務めている。
占いのテクニックは、つねに繊細の対義語を見つけることだ。あなたは冷静だけどときどき自分でもありえないくらい情熱的になりますね? と聞くと、キサキはそうかもしれませんと答えた。キサキは質問のたびにうつむいていき、机に額がくっつきそうになった。
わたしはひとつ大切なことを教えてあげた。はじめからだれかに教えたくて仕方なかったのだが、本当の真実はだれも興味がないし、うそみたいに本当な賢者の職務にはだれもが就きたいものだろう。わたしの占いの手口もわかって、ペチュニアとバラの見分けもついたことだし、そろそろわたしの話にも耳を傾けてほしいと思う。あなたにだけ特別にこの世の真実を耳打ちしています。しっ。耳をすまして。もったいぶらずに言っときますから。この世にあなたを助ける言葉は、だれも持っていません。今、あなたの足元にオーブリエチアの紫の花が咲いていますね。それを大きく右に避けて、リボン花壇に進むんです。花は一輪たりとも踏んづけてはいけません。茂みから声が聞こえてくると思いますが、絶対に振り向かないでください。あなたは繊細で大胆で、冷静で情熱的ですが、どの言葉もあなたを知りません。まっすぐ歩くコツは、少し先のほうを見ることだ。足元ばかり見てはいけない。もし銀杏の実を踏むのが嫌なら回り道しても構いません。なぜオーリブリエチアと銀杏の実がいっしょにあるのかって? 永遠の花園のことはたくさん勉強したらわかるだろう。息が切れるようだったら、あなたがいるのは上り坂です。進むのが楽だったら、下り坂でしょう。そんなことに意味はないので、ネモフィラの花畑に出てください。もう一度わたしの姿が見えたらそれは間違いなので戻ってください。今聞きたいことがあったら、今言ってください。この庭園の三つ目の困った設計としては、いるはずのないものや人に会うと、はじめからやり直しになることです。わたしはずっとやり直してます。これが、ヨル・ソマリアから言いつけられた弟子としての仕事だからです。大きなハリエニシダを掻き分けていったら、もうそこは、元の煉瓦塀沿いの遊歩道です。庭園賢者の求人はいまのところ出していません。
2/5/2025, 7:06:16 AM