かたいなか

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「『執筆者でも誰でもともかく大多数対象をAと置く』と、『Aが空を見た後、事柄Bを思い浮かべる』が満たされりゃあ、今回のお題はぶっちゃけ、何でも書けるな。『空だ→青いな』とかさ」
まぁ、問題はそっからどうやってハナシを膨らませるか、だけど。某所在住物書きはため息を吐き、天井を見上げて、心に浮かんだことを呟いた。
途方に暮れたとき、心境をリセットしたいとき、
ただの散歩途中、夜空の鑑賞、夕暮れ時の月。
小雨だの土砂降りだのの続く悪天候を見上げることも、あるかもしれない。
低山の登山で山頂を目指している時でも良かろう
――飛行機登場中は見上げるのではなく、既に空が横にあるか。

「俺自身は、空見上げて……」
自分自身は、空を見上げて何を思い浮かべるだろう。物書きは視線を天井から、窓の外へ移した。
数秒見て、思考して、再度空を見て、ぽつり。
「……別になんも浮かばねぇ」
ひと、それを感受性に乏しいと言うかもしれない。

――――――

快晴快風の昼の空、あるいは燃える夕暮れを見上げ、青やら白やら茜色やらに、何か思いを包んで綴る。
素直に読めばこの光景、少し捻くれてもこの設定。
そのことごとくを崩して捻って、変わり種を錬成したかっただけのおはなしです。

最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
その内末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、人の世で不思議な不思議なお餅を売り歩き、人間を学習して修行の最中。
週に1〜2回、ホオズキのあかりを担ぎ、不思議なおまじないやご利益をひと振りふた振りしたお餅を葛のカゴに入れ、たったひとりのお得意様のところへ、コンコン、営業にゆくのです。

末っ子子狐の一軒家も、森と木陰と土と水とで十分涼しくはありますが、お得意様のアパートは、文明の利器たるエアコンが絶賛稼働中。
ベッドに置かれた通気性の良いタオルケットも、接触冷感の枕も、ひんやりしていて最高です。
道中どれだけ暑くたって、ゴールの室温26℃前後を思えば、ちっとも苦しくありません。
今日も1個200円、値段のわりに大きくて栄養満点、かつおまじない付きのお餅をカゴに詰め、しっかり人間に化けて、夜の東京を歩きます。

とてとてとて。街灯や照明の影響で、星の光の届きづらい夜空を見上げ、コンコン子狐は思い浮かべます。
北の小さな霊場に嫁いだお姉さん狐が言うには、向こうの空は星がぎっしり輝いて、氷か飴の粒を敷き詰めたように、キラキラ美しいのだそうです。
氷かぁ。かき氷お餅とかあれば面白そうだけど、どんなお餅になるのかな。
子狐はこっくりこっくり、悩みながら歩きました。

とてとてとて。高層建築建ち並び、見える範囲の限られる夜空を見上げ、コンコン子狐は思い浮かべます。
南の古い拝所を見てきたお兄さん狐が言うには、向こうの空はさえぎる物が少なくて、どこまでも続いており、海と空が青と青でくっついているそうです。
青かぁ。ソーダお餅やラムネお餅があれば涼しそうだけど、きっと作ったら売る前に食べちゃうや。
子狐はじゅるりるり、味を想像しながら歩きました。

とてとてとて、ピンポンピンポン。
かき氷お餅にソーダお餅、ラムネお餅を思い浮かべながら、道中ついついスイカのアイスを買って食べてしまったコンコン子狐。ようやくお得意様が住む、アパートの一室にたどり着きました。
あんまり食べ物のことを思い浮かべてしまったので、
おとくいさん、こんばんは
といつも言ってる口上を、
「おとくいさん、いただきます!」
と、元気な声で、コンコン、言ってしまいました。

「『いただきます』?」
自称捻くれ者の実は優しいお得意様、子狐と子狐の背後の空とを見つめて、見上げて、穏やかにため息。
それからぽつり、勘違いして言いました。
そういえばそろそろ満月です。
「見上げた月から餅でも連想していたのか?
それとも、単純に腹が減った?」
優しいお得意様、子狐にお揚げさんだのお稲荷さんだの分けてやって、ひんやり冷茶もくれたので、
コンコン子狐、それらをペロリたいらげて、狐尻尾など幸せに、ビタンビタン、振り倒しましたとさ。
おしまい、おしまい。

7/17/2024, 3:16:59 AM