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「波音に耳を澄ませて」

ずっと夜の海に憧れていた。
波音が奏でる美しいBGMのもとに、一人海辺に佇む私を想像する。
波打ち際を軽やかに歩きながら、沖合の船の数をかぞえる。
遠くの島の微かな灯りを見つけて、いつか行ってみようと思ったりして。
いつまでも夜空に浮かぶ月を眺めるのだ。
それはどんなにかロマンチックなことだろう?


──そして今、私は夜の海を前に立ち尽くしている。
波音に耳を澄ませて慄いた。
ザザ……ンという一定の心地よい波音の向こう側には、ドウドウ、ゴウゴウと深く重い音が常に轟いている。
とてつもなく質量のあるものが動く気配を前に、自分という存在の小ささを思い知らされる。
今あの大きな力が気まぐれに揺らいだら、私の命など簡単に飲み込まれてしまうだろう。
波打ち際の波の動きはまるで私を引きずり込もうとするかの如くで、私は必死に逃げた。

沖合の船を見つけた。沈んでしまわないか心配になる。
遠くの島に微かな灯りを見つけた。あそこまで行くにはこの海を越えなくてはならない。

怖い。
夜の海は怖い。
そして、美しい。

ロマンチックとは程遠い感情を持て余しながらも、ここから離れられない。

海には魔物が住んでいる、とは何かの小説の言葉だったろうか?
その通りだと思った。

そんな風に、いつまでも夜空に浮かぶ月を眺めていた。

7/5/2025, 11:38:54 AM