藤が枯れている。
決して咲き終わる事のない、常世の藤が。
「紅藤」
「あぁ、長。久しぶり。逢いに来てくれて嬉しいよ」
木の根元に力無く凭れ掛かる、その姿はとても儚く。
藤棚に広がる蔓の半数が枯れ朽ちている様に、知らず息を呑んだ。
「少し焼きが回ってしまって。現世の藤の木《私達》の殆どが枯れてしまった。そのせいか常世の木《私》にも影響が出たようだね」
「枯れた、とは」
「瘴気を吸い上げた。元は此方の種だから耐えられると思っていたけど、駄目だったな」
悲しんでいるのか。悔やんでいるのか。諦めているのか。
淡々とした抑揚の薄いその声音からは、何一つ読み取れず。
「でもまぁ、今更だ。それに…もういいかとも思ってる」
ゆるゆると頭を上げ、視線が交わる。
「彼方の藤《私》は、もう十分に生きただろう?」
ふわり、と咲う。
諦念ではない。充足による微笑み。
それでいて隠しきれない寂寞感を滲ませて。
「疲れたのか」
藤の隣に座り、頬を撫ぜる。
「そうだね。すごく疲れた。面倒事は嫌いなのに」
目を閉じ甘えるように擦り寄る藤は、普段よりも酷く幼い。
頬を撫ぜていた手を伸ばし頭に触れ、そのまま己の肩口に引き寄せる。拒否はなく、されるがまま。
肩口を濡らす何かには、気づかないふりをした。
「なれば暫し休むといい。その間の手入れは汝を好くモノ達が励むであろうよ」
「別にこのまま終わってしまっても良いのだけれど」
微かに呟かれる言葉。
藤は気づかない。藤が枯れていると伝えに来たモノの多さを。己がここに来た意味を。
常世で美しく咲き誇る藤の永久を望まれている事を。
それはおそらく現世でも同じ事。
「汝は終わらぬよ。藤とは愛られるものだ。弱ろうと、多くが枯れようと、愛でる者《モノ》が手入れをし、また咲かせるのだから」
「酷いな。本当に酷い」
酷い酷いと繰り返し。顔を上げた藤は哀しく咲う。
「守るべき者は誰もいない。藤の花《私達》を愛でてくれる人の子は、あの地にはもういないのに」
「それはどうであろうな。汝の美しさを愛でぬ人の子などいるものか」
今は絶えても、何れはまた人の子は戻るだろう。
それはいつの世も変わらぬ。妖に愛された地を、人も同じく愛すのだから。
「世界が終わるまで終わらない、か。最悪だ」
「仕方があるまい。何、最期の刻までは我も共に在ろう。なれば寂しくはないだろう」
「長にそこまで言われるとは…本当に仕方がないな」
一つ息を吐き。
木に凭れる藤の、その姿は溶けるように消えていき。
「おやすみ、紅藤」
眠りについた藤の木を撫ぜ、懐より一つ風車を取り出した。
20240608 『世界の終わりに君と』
6/8/2024, 3:04:43 PM