小さいころ、買い物に行ってお菓子やおもちゃをねだると大人は口を揃えてこう言った。
「1つだけね」
私は、この言葉が嫌いだった。
お菓子1つじゃ満足できないし、おもちゃだって1つではすぐに飽きてしまう。「1つだけ」じゃ、つまらないのだ。
年を重ねても考えは変わらない。
部活に恋人、バイトや進路ーー私の人生そのものすらも。1つだけじゃ、足りない。
だから私はいろんな「私」を生み出して、いくつもの人生を謳歌する。
短い髪とパーカーをトレードマークに、たくさんの部活を渡り歩く溌剌とした高校生。
重たいボブヘアに眼鏡をかけた、物静かな大学生。その下には無数のピアスが空いていて、夜はそれらをギラギラした照明に当てながらクラブで踊り明かす。
ポニーテールにスーツで営業をする日もあれば、派手なドレスを着てグラスを煽る日もある。
恋人たちは一様に「俺にだけは外と違う顔を見せてくれる」と嬉しそうだ。
なんでも選べる。どの私も楽しくて仕方がない。
けれど時々、どこかで会った誰かに聞かれたことを不意に思い出す。
「本当の君は、どこにいるの?」
私はその問いにどう答えたのか、分からない。
4/3/2023, 1:57:54 PM