俺は、中学の頃いわゆる不良で、自分の命も、他人の命も、愛おしいと感じたことは無かった。
あいつを連れ帰ろうと思ったのは、せめて、今までの分、他の命を大切にしたい、そんな気持ちからだったのかもしれない。
溶けそうなほど暑い真夏の炎天下。
俺は、大学からの帰り道、いつも通る公園の前で、不思議なものを見つけた。
「うわ、なんだ?これ」
ソイツは、眠るみたいに地面に横たわっていた。
一見植物のようにも見える細っこい身体。
教育番組のキャラクターみたいにチープな目ん玉がふたつくっついただけの顔(たぶん)。
猫とも狐ともつかない中途半端な大きさの耳(らしきもの)。
照り返しの強いアスファルトの上でステーキのように焼かれているわけのわからないソイツを、しかし俺は
助けた。
謎の使命感にかられていたのだ。
クーラーをつけ、お皿の上にソイツを寝かせて、水をジャージャーとかけた。
するとソイツは、ピコリと起き上がり、俺の方をキラキラした目で見つめた。
こうしてみると結構可愛いかもしれない。
俺は夏休みをずっとソイツと過ごした。
一緒に過ごすうちに色々とわかってきたこともある。食事は水だけでいいこと、なんとなくどこかで会ったような雰囲気があること、なぜか地震をとても怖がること・・・
ある日、ニュースで南海トラフについて報道されていた。
地震に関することがテレビでやるたびに、ソイツは、じっとテレビに見入っていた。
俺はそのたびに、言い知れぬ不安感を抱いた。
ソイツがやってきて結構経ったある日、もう季節は巡って、春になっていた。
その日、おかしなことが起きた。
俺は起きたら、なぜか実家にいた。
正確には実家のベッドだ。
カレンダーは2011年。
俺は飛び起きて下の階におりると、目を疑った。
母さんと父さんが並んで朝食を食べている。
俺はもしかしたら、まだ夢を見ているのかもしれない。
姉の柚葉は、なぜかいつもはいるのに、食卓にはいなかった。
その日の午後、俺はすべてを思い出した。
急に地響きのようなものが聴こえ、家が縦に横に揺れた。
まるで、巨人に家を振り回されているかのようだった。
揺れが収まった後、俺は姉はどうしたのかをようやく思い出した。
姉はこの日、旅サークルの仲間と宮城県を訪れており、そのまま東日本大地震に巻き込まれて死んだんだった・・・
父さんと母さんが荒れていた俺を心配するなか、姉だけは、俺のことを信用して、『あの子は大丈夫』と笑っていてくれた。
喧嘩して傷だらけで帰ってくると、遅めの夕飯を作ってくれることもあった。
姉貴の作る夕飯はいつも決まって春巻きだった。
そんな心の支えだった姉がいなくなってしまったこともあり、俺はなんとなく、喧嘩とか、そういうものに意味を見出せなくなっていった。
それどころでは無かったからだ。
さよならを言えなかった。
それどころか、俺は、感謝すら照れて、伝えられなかった。
そのとき、遠くで風鈴が揺れるような澄んだ音が聴こえたような気がして、振り向くと俺は、自室にいつの間にか立っていた。
俺はすぐさま、狭い1LDKの家の中を探したが、ソイツの姿は、もうどこにも無かった。
代わりに俺が、見つけたのは、狭いキッチンにラップをかけて残された春巻きだった。
俺はそれを見て、涙と言葉がどちらともなく溢れ出すのを止められなかった。
「ほんとに、ごめん・・・。ありがとう・・・」
2/24/2023, 11:02:04 AM