古今

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『街へ』



「街へ行こう」

そう言った彼の顔は、酷く悲しそうだった。
理由を聞いても、彼は何も言わずに微笑むばかり。
しょうがないから彼の手を取って、一緒に街へ下りた。

久しぶりに見る、沢山の人。誰も僕を行方不明の人間だとは認識していないようだった。
それも当然か。
僕がいなくなったのは、もう四十年も昔のこと。
僕の同級生だって、僕のことは覚えていないだろう。
覚えていたとしても、きっと僕を見ても分からない。
居なくなったあの日から、僕の見た目は変わっていないのだから。

「──さん、こっち」
ぼんやりと街ゆく人々を眺めていると、彼が僕に呼びかけた。
彼も当分街へは来ていないはずなのに、何処か宛があるような立ち振る舞い。もしかしたら、僕の知らないところで何度も街へおりていたのかもしれない。
そんなことを考えても答えは神のみぞ知ると言うように、答えは彼しか知り得ない。

「わかりました」

そう返事をして、僕はゆっくりと彼について行った。

1/28/2023, 10:01:05 AM