鶴森はり

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お題【半袖】

「ふつー、下になんか着るもんじゃねーの」
 男の指摘に、むっとして「この暑さで重ねて着ろって?」と睨みつけた。
 めいいっぱいの棘を込めたのに、男は気にしたふうもない。それどころか不躾で不埒な視線が、遠慮なく注がれてくる。まっすぐに胸部へ。ふっくらと曲線を描く身体、白いワイシャツは案外無防備らしく、同じく白い下着を薄っすらとうつしている。
 普通ならキャミソールやら着るのだろうが、暑がりの自分にとってそれは自殺行為である。たまにこの花すら枯れ始める真夏に学校指定のセーター来ている生徒がいるが、本当に同じ生物なのか怪しいものだ。
「羞恥心はどこに落として来たんだよ」
「はっ、別に裸じゃあるまいし。下着だって形だけでしょ」
 直接見えるわけでもない。気にするほどではない、公然わいせつ罪にあたるなんてこともないはずだ。
 少々男子のうるさい視線が面倒だが、暑さと天秤にかければ。いやかけるまでもない。涼しさの方が大切だ、なんたって命にかかわる。わりと本気で。
「じゃあせめて長袖にしとけよ」
「死ねって?」
「言ってねぇよ」
 呆れた男が仕方なさそうに立ち上がり、気怠げにちょい、と袖を掴んできた。
 くいっと引っ張られ、胡乱に男を見上げる。何が言いたいのか、したいのかさっぱり理解ができない。
 男はほら、と指をさす。
「腕上げたら、裾から下着が丸み」
「――変なとこまで見てんじゃないわよッッ!」
 ばしんと渾身の力で男の頬を引っ叩く。げふっとうめき声がしたが謝る気どころか、もう一発食らわされないだけありがたいと思えよ、吐き捨てた。
 男はなんでこうも、どうでもいいところで目敏くて、面倒なの!
 鳥肌を立つ両腕を、己を抱きしめるように擦って早足で、その場を立ち去る。後ろから気をつけろよー、と呑気な男の声がしたが、当然無視した。

5/28/2023, 12:20:07 PM