「誕生日おめでとう」
母親からいきなり、20歳の誕生日を祝われた。
黙々と夕飯を食べていた私が驚いて顔を上げると、母親は笑みを浮かべていた。久々に見る笑顔だ。
―――何故、祝ってくれるんだろう。
頭の中はその思いが埋め尽くす。
19歳の誕生日はスルーされていた。いや、スルーされるのは当然のことだから何とも思わない。
こんな穀潰し、祝う価値もない。だから、祝わないでほしい。
祝われてしまうと、何も変われていない、前にも後ろにも進めず部屋に閉じこもってばかりの「私」のまま年を重ねたことを実感してしまって、申し訳なくなってしまう。
気付けば、「ごめん」と小さく呟いていた。
「謝るくらいなら、週イチでも良いから働いてほしいわ」
「……うん、だよね」
やりたいこともなかったから大学に行くのは無駄だと思って、高卒でも働けるところを探し、働いた。けれど社会に出て、自身が社会に馴染めない人間だと思い知らされた。
物忘れが多い。メモをしてもそのメモを忘れる。集中力が続かない。遅刻が多い。
職場からは不要と判断され、いらないもの扱いを受けた。
だから結局、すぐ辞めてしまった。
項垂れる私に母親は苦笑いを浮かべた。
「嘘だよ、ごめん。……あなたにね、これを渡したかったの」
差し出されたのは、一通の封筒。
「……なにこれ。手紙?」
封筒を裏返して見て、目を見開いた。
「は……?わたし…?」
そこには、下手くそな拙い字で私の名前が書かれていた。10歳の私からの手紙だった。
「あなた、覚えてる? 10年前、大きな病気して、手術をすることになって、」
母親が懐かしむように遠くを見つめながら言う。
「あ、ああ……確か手紙、書いたね。10年後の私に向かって」
「あの時は、あなたが20歳を迎えられないかもって正直覚悟してたんだけど、無事、今日を迎えられて良かったわ」
「…私、ニートだけど」
「ニートでも。そりゃ、早くやりたいことが見つかれば良いなって思うけど、あなたが元気でいてくれることがとても嬉しい。……だから、職場で何があったかは知らないけど、卑屈になんてならなくて良いのよ」
その言葉に、目頭が熱くなるのに、心の一部は冷めていた。私なんか、そんなに大事にしてもらえる価値なんてないのに、と思ってしまう。
「……そっか」
「手紙、読まないの?」
「後で読む。……はぁ、なんか、申し訳ないなぁ」
夕飯を終えた私は自室に戻ると手紙の封を開けた。中身は私が書いたものだから当たり前だけど、特に変わったことは書いていなかった。
「……返事でも書くか」
やりたいことも仕事もなにもない私には時間が腐る程あって、馬鹿だなと思いつつ返事を書くことにした。
◯◯◯
明日手術だ。
緊張で眠れないでいた私はトイレに行ってから、またベッドに潜り込む。その時、カサ、と紙が擦れるような音がした。
「なにこれ……手紙?」
トイレに行く前はこんなのなかった気がするけど。
手紙を見ると、未来の私が書いたものだった。
「え!?」
私は飛び起きて枕灯をつけると手紙を開く。
中身はとても短かったけど、不安な気持ちを消し去るには十分だった。
『なんとか元気に生きています。やりたいことは、これから探す予定です。明日はバイト先を探します。』
「10年後の私から届いた手紙」2024/02/15
2/15/2024, 11:43:51 AM