わたねこ

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別れ際に

「帰りたくない」
デートの帰り道、家の前で急に立ち止まって彼女が言った。横を見ると、彼女は困ったような顔をして微妙にはにかんでいた。
彼女がこんなこと言うなんて珍しい。少しの困惑と嬉しさが胸に渦巻き、応えるのに少し間が空いた。
「どうしたの?」
彼女は空中に目線を彷徨わせて、迷うような顔をした。
「帰りたくないの」
こんな返答も珍しい。彼女はいつも理路整然としていて、僕の疑問にいつも答えてくれる。
彼女はとても頭がいい。学校のテストも何回も1位を取っているくらいだ。僕は成績が良くないが彼女が教えてくれると、少し点数が上がったりした。
「でも」
僕も困った顔をした。
「もう夜遅いし、お母さんたちも心配するでしょ。」
彼女は黙って、少し俯いた。
「ちゃんと帰さないと、どんな男だって思われちゃう」
少しおちゃらけて雰囲気を明るくしようとしたが、彼女の表情は晴れなかった。
どうしたんだろう。こんなことは初めてで、どうしたらいいかわからなかった。なんせ、人と付き合ったのは彼女が初めてだ。
僕も少し迷って、彼女の頭に手を置いた。今日のために可愛く巻いて来てくれたらしい髪を崩さないように優しく撫でた。
彼女は下を向いたままだったが、口元から少し笑顔が覗く。
慣れないことをした恥ずかしさから顔が熱くなる。
「うん、帰るよ。」
彼女は顔を上げてそう言うと、周りをキョロキョロ見渡してから、素早く僕に顔を寄せた。
「ばいばい」
それだけ言うと彼女は小走りで家へ入って行った。
僕はしばらく動けなかった。別れ際に、とても甘い香りがした事しか思い出せなかった。

9/28/2024, 12:02:47 PM