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 私には前世がある。現代日本とは程遠い、魔法が使える異世界で生活した記憶がある。
 魔女になって悪巧みもしてなければ、魔法を使って世界を平和にした覚えもない。ただ日常的に誰でも使えるちょっとした魔法を、私も使うことができたのだ。魔法が使える以外は、至って普通な庶民の生活を送っていた。順調に大人へ成長し、お見合いして十七歳の適齢期に結婚して、子どもを三人授かって。孫を見る前に病気になり、家族に看取られた。そんな普通な人生を謳歌した。
 私の夫だった人はまっすぐで堅実な男性だった。現代日本で言う商社マンというか、色々なビジネスを取り仕切る経営者として働いていた。そんな凄い人が田舎の小娘と結婚したんだから、私の故郷は大騒ぎだった。
 夫だった人はこう言った。

「生まれ変わっても、君と僕は必ず巡り会う。ずっと一緒に幸せになろう」

 聞いた当初はどこの作り話に影響されたのかと疑った。だって、生まれ変わった先なんて、今世の将来すらわからないのにわかるはずがない。

「あなたがもし人で、私が蜘蛛だったらどうするの?」
「蜘蛛の姿をした君を飼うよ」
「本当に見つけられるの?」
「見つけられるさ。だってこうして愛し合えた奇跡は、もう一度やってくるのだから」

 何の確証を得て自信満々に言えるんだか。
 私はクスクスと笑ってしまった。冗談を言ったつもりのない夫は、大変ショックを受けていたけど。
 そして、私はこうお願いしたのだ。

「私、蜘蛛が苦手なので、あなたは蜘蛛にならないでくださいね」



「って言ったら逆に蜘蛛になると思ったんだけど」
「何だ、不満か」
「いいえ」

 私はソファに深く腰を掛けて、ぼんやりと目の前のテレビを見た。ワイドショーでは最近巷を騒がせる物騒な事件を取り上げていた。
 全然興味のない私は隣をチラリと見る。隣に座ってスマホをいじる夫と目が合った。夫がニヤリと笑った。

「有言実行したまでだよ」
「まさか、同い年とは思いませんでした」
「前は君が十七歳で僕が三十歳を過ぎていた。あの時は適齢期でも、今は犯罪だろう」
「歳の差夫婦に喧嘩売ってます?」
「歳が近いと感性とか文化とか。とにかく話が合って楽しいよ」

 夫はそう言うとこちらに体を倒してきた。私はぐえっと変な声を出しながら、夫の体に潰された。夫がぎゅっと横から抱きしめてくるなんて、前では到底考えられなかった。

「そういえば、昨日病院へ行ってきました」
「そうだった」

 夫は姿勢を正すと、今度は目に見えてオロオロし始めた。私がここ最近ずっと体調が悪かったことを心配していたらしい。前の時は病に侵され、夫よりも早くに亡くなったから。
 私はスマホの画面を夫に見せた。夫の目が見開く。

「六週、だそうです」

 ニッコリ笑う私とは対照的に、夫の目には涙が溢れていた。年齢も容姿も何もかもまるで違う人なのに、そんなところは一緒なのだと笑ってしまった。
 よかった、あなたが蜘蛛にならなくて。



『奇跡をもう一度』
『巡り会えたら』
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お題まとめてすみません。

10/4/2024, 8:52:01 AM