イオリ

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春爛漫

 コタツで寝てばっかりの猫が、活動的になってきた。自室で読書をしていると、外に散歩に行くぞ、と僕を誘ってくる。

 畑の手前には桜、奥には梅の木がある。愛猫はいつも桜を素通りし、ひたすら梅の木を目指す。こちらが立ち止まってよそ見していると、早くしろ、啼いてと急かしてくる。

 目的地に到着するやいなや、素早く登り、お気に入りの枝に抱きつく。それから、何か異常は無いか、と鋭い視線で監視を始める。さすがに梅の花は散ってしまっているが、見張りの仕事は返ってやりやすいのかもしれない。こうなったら、僕が呼んでも簡単には降りてこない。やむ無く、僕は草むしりをして降りてくるまで時間をつぶす。

 どうしても抜けない草があった。残しておくのが気がかりで、鍬を使って処理した。ついでに土の様子を見てみようと近くを掘ってみると、妙な物体が出てきた。

 蛙だ。冬眠していたのだろう。日に当たらなかったせいで全身真っ白だ。つんつん、とつついてみると、ピクッとして目を覚ました。が、まだ動きが鈍い。あれ、もう春ですか、みたいな感じ。うん、春ですよ。

 そんなことをしていると、彼女が満足して木から降りてきた。ようやく帰れる。部屋に戻ったらココアを飲もう。昨日買ってきたクッキーも食べよう。

 と、思っていたら、彼女が桜の木の前で立ち止まった。どうしたんだろう。登りたいのかな。

 登るか?と訊きながら、抱き上げて枝先の花に近づけてみた。クンクン、と鼻で様子をうかがう。すると、よくわからん、って顔で降ろせとジタバタする。このわがまま猫め。

 降ろしたらすぐ家に入るのかと思ったが、彼女はその場から動かなかった。じっと桜を見ている。
 
 風は緩やかに吹いている。眩しい光が彼女の目を細め、白いヒゲをキラッと輝かせる。

 うん、春爛漫。

4/10/2024, 10:48:04 PM