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 自分をドライアイだと思ったことはない。そうした類の目薬にお世話になった覚えもなければ、そのつもりもなかった。
 だがしかして、目は乾いている。瞬きを忘れていた。視線を外すことができなかった。

 自室の椅子に座っていた。眼下に映るは、自身のスマートフォン。画面には多様な色の四角のアイコンが並んでいる。その中で、こちらの目が一途に捧げられているのは緑と白のもの。右上には赤丸がついていて、中に1という数字が入っている。

 この赤丸はこちらに語りかける。押しなさい、義務です。

 確かにその通りだと思った。腕は動かない。スマートフォンは指を使わなければ動かせない。自分の腕を押さえつける何者かがいるのだと思った。

 赤丸は止まない。押しなさい、義務です。

 腕は動かない。眉間に皺が寄る。奥歯をきつく噛み締める。背中から汗がどっと湧き出る。暑くはない、寒いほどではある。目はどんどんと痛くなる。腕を押さえている何かは、強情だった。

 赤丸は止まない。押しなさい、義務です。

 抵抗して、腕を動かした。画面に指が迫る。途端に息が詰まる。体が倒れた時の焦燥に近しいものが、胸を荒らす。体はどこまでも冷えていく。真逆に腹の中は煮え始める。温度差に体が千切れそうだ。指は画面の直前で止まっていた。

 赤丸は止まない。押しなさい、義務です。

 痛みが限界だった。とうとう目を強く瞑った。染みるような心地良い痛みに切り替わる。気づけば指先に画面の感覚があった。注意が逸れる間に、こっそり重力が赤丸の手助けをしたのだ。

 恐る恐る目を開ける。目の前のものを認識する。

『スーパー行くけど、なんか欲しいもんある?』

 勢いよく背もたれに倒れ込んだ。深く息を吐いた。体はどうしようもないほど健康に戻っていた。

7/11/2023, 11:44:28 AM