表裏

Open App

カラーン、カラーン、カラーン…

鐘の街『ホロウベル』に鐘の音が響いた。
黄昏時にだけ鳴るそれを合図に、人々は店を閉め、明日の約束をし、そうして帰路に着いていく。
この街で夜も灯りが灯るのは酒場と宿屋くらいなのだ。それも他の街に比べたら早くに消えてしまうけれど。

街の近くで魔物を狩っていた男もまた、遠くに響く鐘の音に解体の手を止める。

「ああ、早く帰らねば。夜が来てしまう」

ホロウベルの夜は人の時間にあらず。
人で在りたくば夜道を厭い、日が沈む前に帰りなさい。
それは街に住む者なら赤子の時分から聞く戒めだ。

男もまた幼い頃から両親祖父母から口酸っぱく言われ、律儀に夜を嫌う街の模範である。

…否、そうなったのは最近の話。
少し前まではそんな迷信クソくらえと反抗していた。

きっかけは二月ほど前。彼の幼馴染みにして親友が若くして病死した日に遡る。
ショックで憔悴していた男は、周りの注意をはね除けて夜まで狩りに勤しんでいた。体を動かしていないと窶れた親友の顔が浮かび、耐えきれなかったのだ。

そうしてカラーンと一つだけ鳴った鐘の音を無視して魔物を倒し続けた末に、男は明かりの消えた街を疲労で重い体を引きずって歩いていた。
その時。

「…ぁ…あ……ぁ」
「ん?何だ?」

風に紛れて聞こえた声に、男は注意深く辺りを見渡す。
人の事はいえないが、この街で夜出歩くなどまともな人間ではない。

他所の流れ者か気狂いか。
腰の剣に手を添えた男はしかし、予想とは違う答えを知ることとなる。

「あぁあぁぁぁぁぁ」
「な!?お前…!?」
「あぁぁあぁは、はははは!あぃぼウ!ァいぼぅ!!!」

目の前に飛び出してきた声の主は、死んだ親友だった。端から崩れていくような掠れた声に、透けた体。生気のない顔に今まで浮かべたことのない醜悪な笑みを張り付けて、"ソレ"は腕を広げる。

「む、むむかぇえぇ!!いぃぃぃいし、ししょニににひひひははははは!!」
「や、やめろ!来るな!来るな!!!」

それは本能的な恐怖。
捕まったら"同じ"にされるという危機感。
男は分かってしまった。親友が…魔物になってしまったのだと。

「あぁあぁぁぁぁぁははははハははは!」
「クソ!嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「いっししシしょに!またあぁそブぶぶぶ!ずずずっト!!!」
「助けて!誰か!誰か助け…っ!!」

あぁ、もうダメだ。男がそう目を閉じた瞬間。

「ぃぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」

悲鳴が耳を貫き、目蓋を光が焼いた。
何が?と恐る恐る目を開けた男が見たのは…

「朝、日…」



カラーン、カラーン…

鐘の街『ホロウベル』では鐘が鳴る。
黄昏時に鳴るそれは、その日に死んだ者の数を…増えた仲間の数を歓迎する為の、霊魔(レイス)が鳴らす鐘の音だ。

人で在りたくば夜道を厭い、日が沈む前に帰りなさい。

その地下にいつのものか分からぬ巨大な地下墓地(カタコンベ)を有する呪われた街は、今日もその戒めを子供達に説くのである。

8/5/2023, 1:09:44 PM