今日の私は、浮ついた気持ちで、南棟の階段を上がっている。今日の天文学の授業は、日が暮れた後、南棟の屋上から星を探す実習。そして、私の通う、このムガルズム魔法学校の「冬の特別開放授業」の日でもある。南棟の階段は、学校の生徒だけでなく卒業生や他の魔法使い、近所の人までやってきて、人が溢れかえっている。やっと広い屋上へ出て、さっそく人探し。……まだ来てないみたい。
「ユキちゃん!」
「キタくん!」
階段の方から声がして、私が探していた人が、やってくる。キタくんは、私と同い年の魔法使い。まだ二人とも見習いだけど。今年の「春の特別開放授業」で知り合って、それから。
「久しぶり……だね。」
「うん。でも、お手紙は貰ってるから。」
「秋の時よりは久しぶりな感じしないかも。」
「うん。」
この間、と言っても3ヶ月くらい前だけど、「秋の特別開放授業」の時から、キタくんと私は文通をしている。えっと、多分、お付き合いしてる、よね?キタくんの「好き」が、どんなものか、ちゃんと聞けてないけど……。
「あ、文通といえば、ね。」
「うん。どうしたの?」
「フクロウ郵便って高額でしょ?普通郵便もお金はかかるし。」
「あ、うん。」
フクロウ郵便は、確実に相手にだけ手紙を届けてくれる郵便で、普通の郵便より少し高い。でも、一人暮らしのキタくんと違って、学校の寮生活の私の所へは、普通郵便だと迷子になってしまいがちだし……。
「もしかして、文通やめたい?」
「えっ!」
私もフクロウ郵便を使う事はあるけど、普通郵便で出してしまうこともある。逆に、キタくんにはフクロウ郵便しか選択肢が無いし。少し落ち込んだ私の顔を見て、キタくんはブンブン音が出そうなくらい首を横に振る。
「違うんだ!あの、兄弟子のニシさんって人に相談して。いや、ユキちゃんに送ってるとは言ってないんだけど。」
「うん。」
「その、えっと、ちょっと手間がかかっちゃうんだけど、これ。」
キタくんが肩にかけた鞄から出したのは、綺麗に折りたたんだ紙が一枚。
「これは?」
「魔法陣なんだ。これに手紙を載せると、頭に浮かべてる人の所に届くんだって。ただ、受け取る側も同じインクで書かれた魔法陣を持ってなきゃいけないらしくて。」
はい。と言って差し出された紙。そっと開くと、複雑な魔法陣が書いてある。
「2、3回は使えるらしいんだけど、もっと送りたければ、複製していいって言われたんだ。それで、えっと。」
キタくんは、困った顔をしながら、鞄から小さなインク瓶を取り出した。
「一応なんだけど、このインクも受け取って欲しくて。」
手を差し出すと、そっとインク瓶が載せられる。中のインクが、ゆらりと揺れた。
「僕も何枚か書いてみたんだけど、結構複雑で大変なんだ。ユキちゃんが、魔法陣書くの苦手って言ってたから、どうしようか迷って。僕が書いて同封するつもりでは居るんだけど、どうしてもユキちゃんが送りたい時は、これで書いて貰えれば」
「ううん。要らない。」
「……え?」
インク瓶を見ていた私が顔を上げると、キタくんが、びっくりした顔で固まっていて、今度は私が大慌て。
「ちがう!違うの。要らないのは、魔法陣……えっと、キタくんが書いた魔法陣は入れないで大丈夫。私も頑張って書いてみたいから。」
「……そう?」
「うん。私も頑張ってみる。」
「……そっか。よかった。」
ホッとしたのか、キタくんは、ふわりと笑顔になる。私、その顔、大好きなの。
「文通もいいけどさ。」
「うん?」
「こうして、直接会えるのは、やっぱり嬉しいね。」
「うん!」
キタくんが、手を伸ばして、そっと私の手を取る。私がギュッと握ると、嬉しそうに握り返してくれる。ざわざわと、沢山の人で賑わう屋上で、ここだけは二人の世界かも。
「はい!皆さん!授業を始めますよ!」
その時、先生の声が響いて、同時にパッと手を離す。二人で顔を見合わせて、ふふふっと笑った。
この後、いつものように、星の位置が全然分からない私に、キタくんは丁寧に場所を教えてくれた。それから、先生が見回っている待ち時間に、キタくんの兄弟子さんの話を聞かせてもらう。その人は、この学校の卒業生でマント魔法が得意なんだって。
「瞬間移動の魔法が使えたら、もっと沢山ユキちゃんに会えるのに。」
「……もっと、沢山会いたいの?」
「もちろん!文通も楽しいけど、こうやって一緒に話せるのは、すごく嬉しいから。」
「私も。」
「ニシさんに瞬間移動の魔法も教えてもらおうと思ったんだけど、『恋人との距離感は大切にしろよ』って言われて。」
「恋人?」
「あっ!違っ、えっと、僕は直接言ってないんだけど、何でかバレてて。」
「私たち、恋人なの?」
「……え?」
「ち、違うの。私、すごく嬉しい!」
「そっか。良かった。僕もユキちゃんと恋人になれて、嬉しいよ。」
良かった。私たち、恋人なんだ。
「ふふふ。」
「キタくん?どうしたの?」
キタくんは、優しく笑う。
「僕たち『違う違う』が口癖みたいになっちゃったね。」
「確かに、そうかも。」
「でも、すれ違えるのも、会話してる感じがして嬉しいな。僕、もっと色んな魔法を勉強しようと思う。」
「私も!」
魔法が苦手だから、なんて引き篭っていてはダメなんだ。こんなに沢山考えてくれているキタくんに負けないくらい勉強しなきゃ。魔法使いの弟子になる道を選んだキタくんは、ただ学校に通っているだけの私より、ずっとずっと二人のこれからを考えてくれている。まずは、魔法陣が書けるように、たくさん練習しよう。キタくんに貰ったインクは本番用に取っておかなきゃ。
「あのさ、早速なんだけど。」
「うん?」
「帰ったら、魔法陣でインク瓶を送ってもいい?僕の家に、まだインクあるから。」
「え?」
「ユキちゃんも書きたいって言うとは思ってなくて。文通の魔法陣用に、大きなインク瓶買っちゃって、まだ沢山あるんだ。」
そう言うと、キタくんは恥ずかしそうに頬をかく。そっか。キタくんが書いて送ってくれるつもりだったんだもんね。
「うん。机の上に広げておくね。」
「うん。電車で帰るから、明日の昼間になっちゃうんだけど、必ず送るから。」
「分かった。キタくん、ありがとう。」
「こちらこそ!」
今度は、私から手を取る。キタくんもギュッと握り返してくれて。やっぱり、直接会えるのって、すごく嬉しい!その時だった。私とキタくんの前で、流れ星が光る。
「「あっ!」」
「すごーい!流れ星だぁ!」
「わー!きれーい!」
沢山の流れ星が流れて、屋上がざわめく。
「今日は、ダチャボタ流星群の日です!みんな、お願いごとをどうぞ!」
先生の声が響く。
「すごい!ダチャボタ流星群は50年に一度の流星群なんだ。こんなにちゃんと見れるとは、思ってなかった。」
隣で呟くキタくんの瞳に、流れる星が映る。星は次から次へと沢山流れて来て。
「ねぇ、ユキちゃん。」
「ん?」
「次のダチャボタ流星群も一緒に見れるように、お願いしてもいいかな?」
「えっ!?」
そう言うと、キタくんは目を閉じて、星に祈りだす。私も慌てて、目を閉じて、星に祈る。
『どうか、次の流星群も一緒に見れますように。』
50年後。遠い未来。まだ一緒に居ても、もし離れてしまっていても。同じ流星群を、また、こうして隣で見れますように。
3/12/2025, 9:18:14 AM