かたいなか

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永遠の後輩こと私、高葉井には、名前のトリックを使って元恋人さんから逃げ続けた先輩がいる。
その先輩が使ったトリックのひとつが、「名前の読み方変更」。戸籍に読み仮名が存在しなかったからこそ、可能だった方法だった。

これからどうなるか知らないけど、今までは、自分の名前の読み方を変更するのは簡単だったらしい。
『名前に関しては、漢字の読み仮名変更だ』
旧姓旧名持ちの先輩は、一昨年、
元恋人に見つかった時、私に種明かしをした。

『偽名本名の話じゃない。事実、私の戸籍は今、「藤森 礼」で登録されている。
改姓は説明が長くなるから割愛するが、
名前は「礼」の読みを、
「れい」から、「あき」に変えただけ。
戸籍に読み仮名が書かれていないことを利用した、
複数の自治体で認められている手続きさ』

これから、この「戸籍によみがなが書かれていない」って状況が、変わるらしい。
戸籍の、読み仮名追加だ。
行政から「この読み仮名で合っていますか」って確認のハガキが届いて、それで、
読み仮名が違っていれば、1年以内に届け出して、正しい読み仮名に変更するらしい。

粘着質な元恋人から逃げる前の先輩の旧姓旧名は、
「附子山 礼(ぶしやま れい)」。
珍しい名字だから、どこに逃げたってすぐバレる。
先輩がトリックを使って手に入れた今の名前は、
「藤森 礼(ふじもり あき)」。
先輩は名字と、それから名前の読み方を変えて、所有欲に満ちた元恋人から逃げた。

今はもう、粘着質の元恋人は居ない。
元恋人は完全に先輩を諦めて、地元に戻った。
「藤森 礼」を名乗る必要が無くなった先輩は、
もちろん、さすがに名字を「藤森」から「附子山」に戻すのはバチクソに難しいだろうけれど、
名前は、「礼」の読み仮名は、
先輩、どうするつもりなんだろう。

「私の読み仮名?」
先輩、自分の「礼」の読み仮名どうするの。
「れい」に戻すの。「あき」のままにするの。
昼休憩中の先輩と一緒に昼ご飯を食べてるときに、
私のところに読み仮名確認のハガキが届いたってことにして、それとなく、聞いてみた。

どうするの。戻すの。そのままいくの。
だって、もう、加元のやつ居ないよ。
「藤森」は手放せないかもしれないけど、
「礼」は、「れい」に戻せるかもしれないんだよ。
最後のチャンス、どうするの。

「まぁ、うん、そうだな」
先輩は、「言われてみれば」って顔をして、窓の外を見て、お茶を飲んで。長く息を吐いた。
「そうだな」
先輩は再度、言った。
ぶっちゃけ、先輩は「れい」でも「あき」でも、どっちでも構わないように見えた。
「高葉井。ちょっと、呼んでみてくれないか」

「先輩のこと?」
「そう。私のこと。『れい』と、『あき』とで」

「レイ先輩」
「うん」
「アッキー」
「うん。……うん?」
「だって、私が先輩と会ったときにはもう『あき』だったし。アッキーだったし」
「んん……、……うん」

先輩はまた、お茶を飲む。
「読み仮名変更手続きは、たしか、ハガキが到着した日から1年だ。まだ時間はある」
そうだ。まだ、時間はある。先輩はそう言って、
「そういえば、『れい』の方の私の名前を呼ばせたのは、初めてか?それとも、久しぶりか??」
今更のように、ハッとして、私に行った。

「初めてかもしれない」
私も私で、「附子山」の旧姓は呼んだ記憶があったけど、「れい」の旧名で呼んだ記憶は無かった。
「レイせんぱーい」
今日は、先輩の、君の名前を呼んだ日、その最初の1日だったかも、しれなかった。

5/27/2025, 3:16:16 AM