〈理想のあなた〉
大学四年の六月、十社目の不採用通知を見た。《誠に残念ながら》の文字はもう見慣れている。
ベッドに寝転がり、天井を見つめながら思う。
理由はわかっていた。面接で「将来どうなりたいですか」と聞かれるたび、言葉が止まるからだ。
成長したい、社会に貢献したい──そんな“正解”は言える。でもその先がない。面接官は途中で気づくのだろう、「自分がない」と。
スマホが震えた。母からだった。「どうだった?」
少し迷って「だめだった」と返すと、すぐに既読がつき、「なんで?」とだけ返ってきた。
その短さが責めるように胸に刺さる。
俺は昔から母の言うことを聞いて育った。野菜を残さず、塾へ行き、挨拶をし、
「悠斗はいい子だね」と言われるのが嬉しかった。
小学生の頃、サッカーをやりたいと言ったことがある。クラスメイトに誘われたのだ。
でも母は笑って言った。
「あなた、運動向いてないじゃない」。
俺は「そうだね」と笑った。
中学では美術部に入りたかった。絵を描くのが好きだった。でも「そんなの将来役に立たないでしょ」の一言で終わった。
高校では文系を選び、大学も母が安心する国立を受けた。周囲からは真面目だと言われ、親戚には「反抗期がないなんて親孝行だね」と褒められ、母は誇らしそうだった。
大学の友人たちは違った。
「教師になりたい」「ゲーム会社受ける」「海外で働きたい」
──みんな自分の未来を語る。
俺は曖昧に笑って聞くだけだ。
「悠斗は?」と聞かれるたび困った。
やりたいことがないのではなく、考えたことがなかったのだ。
就活が始まってから、それが致命的になった。「あなた自身について教えてください」
「どんな人生を送りたいですか」
何も答えられない。自己分析をしても、《自己》が空白のまま。
大学のキャリアセンターで相談員に言われた。
「君は感じがいい。でも、自分がないんだよね」。
その言葉だけがずっと頭に残っていた。
夜、リビングで母がテレビを見ていた。俺の顔を見るなり、「今日の面接は?」と聞く。
「……だめ」と答えると、母はため息をついた。
「なんで決まらないの?
真面目だし、ちゃんとしてるし、企業は好きでしょ、そういう子。
笑顔が足りないんじゃない?
もっとハキハキ話したら?
ちゃんと自己分析した?」
《自己》という言葉が胸に刺さる。俺にはそれがない。
気づけば口が動いていた。
「俺、何になりたかったんだろうね」
母が眉をひそめる。
「俺、自分で決めたこと、一回もないんだけど」
「何言ってるの」
「サッカー向いてないって、美術なんて無駄だって、国立行けって……全部母さんが言ったじゃん」
母の顔が強張る。
「それはあんたのためでしょう」
「じゃあ俺って何?
母さんの理想通りに育ったよ。怒らない、逆らわない、真面目な息子。でも中身空っぽなんだよ」
母は立ち上がり、「人のせいにしないで。就職できないのを親のせいにするの?」と言った。
その瞬間、何かが切れた。
「母さんが作ったんだろ、《理想の俺》を」
自分でも驚くほど静かな声だった。母は数秒黙り、小さく息を吐いた。
「あーあ、また失敗しちゃった」
……また?
母の表情が一瞬だけ崩れた。だがすぐに貼りつけた笑顔に戻った。その不自然さに背筋が凍る。
「いや、違……」と言いかけた瞬間、世界が白く染まった。壁も天井も母の顔も、輪郭を失っていく。
白い背景の向こうに、小さな子供が立っていた。
母に手を引かれた小学生の俺。その後ろには中学生、高校生の俺。どれも少しずつ違う顔で、同じように無表情だった。
視界が崩れ、遠くでキーボードを叩く音がする。
「どうしても就職から先がクリアできなくて」
「夜中にバット振り回されて殴り殺されるバッドエンドよりいいじゃん」
「やだー、そんなのあるの」
女たちの笑い声が白い空間に響く。
「でも今回はかなり自然だったよ?」
「《自己》を持たせると分岐が増えるんだよねぇ」
「これクリアしないと《卒業》できないって酷だよ」
「絶対《失敗》しないためのシミュレーションだっていってもね」
ケラケラと笑う声。
「難しいよねぇ、《子育て》」
意識が薄れていく中で、二人の笑い声が、いつまでも響いていた。
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SFなんだかホラーなんだか訳がわからんものになってしまいました(´・ω・`)
5/21/2026, 6:39:21 AM