Frieden

Open App

「透明」

今日もいつも通りの朝を迎える。元気な朝日の光を浴びて、ぼーっとした頭のまま居間に向かう。

「やっと起きた!!!おはよう!!!今日の朝ごはんは他人丼だよ!!!豚肉を卵でとじたどんぶりさ!!!」

……朝から随分とがっつりだな。せっかく作ってもらっておいて悪いがそんなに食べられる自信がない。

「エ〜!!!キミって意外と繊細なんだね!!!生き物でありながらあらゆることに無頓着というか、執着がまるでないというか……。」

「だから実験的に朝ごはんにカロリーが高めのものをお出ししてみたのだが、そこはちゃんとニンゲンらしいんだね!!!新たな知見を得た!!!」

「それじゃあボクのハムサンドと交換しよう!!!まだ手をつけていないから安心したまえ!!!」

……あんたは朝からしっかり食べられるんだな。流石は自称マッドサイエンティストだ。

「それってマッドサイエンティスト関係あるのかい……???まあいっか!!!いただきまーす!!!」

小さいくせによく食べるな。将来どうなるか楽しみだ。

「あ!!!さっきネットサーフィンをしていて見かけたのだが、今はチューリップが見頃を迎えているそうだよ!!!早速見に行こうか!!!」

「……まーた外出を面倒くさがっているね!!!怠惰は諸悪の根源なんだぞ!!!いいかい?!!たとえちょっとでも面倒だと思っても時々外に出て空気を吸う!!!」

「とにかく!!!ちゃんと生き物らしく動きたまえ!!!わかったね?!!」
……分かったよ。

にしても、あんたは随分と花が好きだよな。
何か理由があるのか?

「花……というか植物のような生き物は他の星や宇宙にもたくさん存在するが、種類によってはかなりおっかないのだよ……。」

「それに比べてこの星の花は小さくて、大人しくて、そして可憐だ!!!まるでこのボクのようにね!!!」
……はいはい。

「それに、いろんな要素が掛け合わさることで一つとして同じ花が見られない!!!だからこそその時のその場所に見に行っておきたいのさ!!!」

「さあ!!!食べ終わったらすぐに行くよ!!!」

……一つとして同じ花はない、か。

朝食を食べ終えた自分たちは、遠い町のチューリップ畑へと出掛けた。
目的地までバスや電車を乗り継いで向かう。

自分たちと同じようにチューリップを見に来た観光客でバスも電車も溢れ返っていた。
電車に揺られつつふと周りを見回すと、あいつがいない。

……もしかしてはぐれたか?
「ここだよー!」

そこには隣の乗客にめり込んだあいつがいた。
変な声が出そうになるのを慌てて抑える。
え、なにが、どうなってるんだ??ゲームのバグか???

「あぁ、コレね!この空間に矛盾を生じさせないよう、ボク自身の質量を極限まで落とした結果さ!!キミもやってみるかい?!!」

遠慮する。……とは思ったが実は少しやってみたい。
「それじゃ、家に帰ってから試してみようか!!!」

……そんなこんなで2時間。ようやくチューリップ畑に着いた。

「予想通りだが、ニンゲンで溢れているね!!!まあそれだけのニンゲンがこのチューリップたちに美しさを見出しているってことだ!!!素晴らしいね!!!」

赤、白、ピンク、黄色、紫。
チューリップらしい形のものからドレスのように華やかなものまで、色とりどりのチューリップが並んでいるのは壮観だ。

「うおー!!!すっっごいね!!!」
そう言いながらずけずけとチューリップ畑に入っていく。
おい、流石にそれはやめろ!

「安心したまえ!!!質量はちゃーんと抑えてあるから問題ない!!!」

たしかにそこを通っているはずなのに一本も踏まれていない。

「ほらほら!!!チューリップの中にいる可愛いボクを撮りたまえ!!!この状態で写真を撮られたことがないからどう映るか気になるんだよ!!!」

自分で自分のことを可愛いなんて言うのか……。全く。
「そう思いつつもちゃんと撮ってくれているじゃないか!!!キミも素直じゃないね〜!!!」

撮った写真を見返す。そこには辺り一面のチューリップと嬉しそうにはしゃぐあんたが写っていた。

「よく撮れているじゃないか!!!流石はボクの助手だ!!!……にしても、ちょっと疲れただろう???そろそろこの辺りでお茶でもどうかな???」

そんな場所があるのか?
「向こうにカフェがあるそうだよ!!!メニューが少々お高めだからここほど混雑していないはずだ!!!」

「あ!!!食事代はボクが持つから安心したまえ!!!」
あっという間にカフェへと向かっていく。嬉しそうで何よりだ。

少し歩いたところでカフェに着いた。あいつの言う通り空いている。それはそれでいいとして、殆どのメニューが売り切れのようだ。……おい、どうする?

「参ったな……本当はこのチョコレートパフェとホットケーキが食べたかったのだが……よし!!!決めた!!!ソフトクリームを食べよう!!!」

自分たちはチューリップを模ったクッキー付きのソフトクリームを食べた。普通のソフトクリームだ。だが日が照っている中で食べると美味い。

「お!!!こいつはいい記念になりそうだぞ!!!」
カフェの看板を指差しながらあんたは言う。

そこには「当店のレシートを退場時に見せるとチューリップの球根が貰える」と書かれていた。なるほど。

そのあとしばらくチューリップを見て回った。
そのうち閉園時間が近づいてきたので自分たちも帰ることにした。

退場する時には忘れずにカフェのレシートを見せて、チューリップの球根をもらった。係員曰く、「何色の花が咲くかはお楽しみ」とのことだそうだ。

またバスと電車に揺られる。……だんだん眠くなってきた。
……。「……おーい!!!降りるよ!!!」
危ない、乗り過ごすところだった。

その後何度か寝落ちしそうになりながらも、なんとか家に着いた。

「ただいまー!!!おかえりー!!!」
……疲れ知らずで羨ましい。

……日常に戻って、ふと思った。
このマッドサイエンティストを名乗る「チョーカガクテキソンザイ」は、あんたは、本当に存在するんだよな……?

乗客も、チューリップも、みんなまるであんたがそこにいないかのように振る舞っていた。それを改めて自覚すると、急に怖くなってしまって、落ち着いていられなくなる。

自分は思わずあんたを見つめる。

「ん???どうしたんだい???」
見つめたはいいがどうしていいか分からず、思わずあんたのほっぺたに触れる。

「……???」
「ねえ、」
「ちょっと!痛いのだが!!」

触れた。見た目通り、すごく柔らかい。
突然自分の頬を強く触られる。……痛って!
「……まだ満足していないのかい?」

あまりの触り心地の良さに、その後もしばらく触ってしまった。もちもち、ふわふわ、すべすべ。

「ねえ、」
あっ、悪い。
「いや、そうじゃなくて、」

「この宇宙一キュートでスウィートなマッドサイエンティストであるボクを疑うというのかい?!!というか疑うにしてもさ!!!遅すぎやしないかい?!!」

あんたの存在が、というよりも、こんなにやかましくて存在感があるのに、まるであんたが透明人間みたいなのが信じられないんだ。

「それに関してボクは何も言うまい。」
「ただひとつ言えるとしたら、」
「キミはキミの信じたいものを信じればいい。それだけさ。」

「それはそうと!!!キミの体から質量をなくすの、試すかい???ちょっとやってみたいって言っていたろう???奇遇なことにボクも試してみたいからさ!!!ほら、ね?!!」

……疲れたから明日にするよ……。
「えー!!!残念!!!お楽しみは明日にお預けだね!!!」

その言葉を聞き終わる前に、あまりの疲れで自分は眠ってしまった……。

5/22/2024, 10:58:12 AM