舞輝薇

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大好きな歌手【hiKari】がこの世を去ってから、もう10年近く経つ。

彼女が生涯でリリースしたのは、たった12曲。
私はどれも大好きだが特別目立った曲などは無く、カラオケで配信されているのは1曲のみ。

17年間生きてきて、未だにhiKariのファンだという人には出会えていない。

入れ替わり立ち替わり生き死にを繰り返すこの世界で、彼女を知っている人にすらもう出会うことは出来ないのではないか。

そうして肩を落としていた午後6時。
私以外誰もいない教室に、どこからかよく知る歌が聞こえてきた。
透き通った綺麗な声に、胸に突き刺さるくらい切ない感情が伝わってくる。

「hiKariの『夕焼けの色』…?」

曲名を呟き、歌声に導かれるように教室を飛び出した。


声の主は案外早くに見つかった。
2つ先の教室で歌っていたらしい。

そして今、興奮気味の私が彼女に名前を聞くところだ。

「あ、あなたの名前は…⁉︎」

「私は2年3組のキノシタ マナ。あなたは?」

「あ、わっ私は1組の…ハセガワ コユキ」

自分から突撃したのに、あまりにも冷静すぎる彼女を前にたじろいでしまう。
だけど私達にはhiKariという共通点がある。

お互いに“キノシタさん”、“ハセガワさん”の堅苦しい呼び方から“マナ”、“コユキ”に変わるまで時間はかからなかった。
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「じゃあマナはお母さんの影響でhiKariが好きになったんだ?」

「そうだよ、ずっと家で聴いてたから。特に『夕焼けの色』は1番耳に馴染んでる」

「私も!私もその曲が1番好きなんだ。私は家族にhiKariを好きな人は居ないけど…マナは今もお母さんと一緒に聴いてるの?」

「ううん、ママはもう何年も前に亡くなってるから。でも今も1番好きな歌手だよ」

「そ、そうなんだ…。あ、私もね、大好きすぎてピアノで弾けるようになりたいから密かに練習してるんだ」

聞かない方が良かったかな…と思いながら慌てて話を逸らした私の言葉に、マナは目を輝かせてこう言った。

「コユキ、ピアノ弾けるの?だったら私と一緒に文化祭出ない?
コユキがピアノを弾いて、私が歌う。どうかな?」

「いいよ!さっき聴こえてきたマナの歌声、hiKariと似てるわけじゃないのに…なんて言えばいいんだろ、なんかこう…胸にグッとくる歌い方がhiKariに似てた」

と、ここまで言って自分の言動を悔やみ、慌てて訂正する。

「ごめん違う!マナの歌声にhiKariの影を見てるわけじゃないんだ。マナにはマナの良さがあって…だから、つまり……」

「あっはっは!いいよ、そんなに慌てなくても。コユキが言いたいことは何となくわかったから。ありがとね」

その後私達は連絡先を交換し、その日を境に頻繁に会うようになった。

放課後は先生に許可を取り、音楽室を貸し切って練習する毎日。
約2ヶ月かけて私のピアノの技術がマナの歌声に追いついてきた頃、いよいよ文化祭の幕が上がろうとしていた。
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「ねぇコユキ、今日パパが見に来てるの。うちの高校、1日目だけは一般開放してるでしょ?だから見に来てよって誘ったんだけど、良かったら一緒に声掛けに行かない?」

「もちろん行こ行こ!マナのお父さんって、どんな感じの人?」

「普通にそこら辺にいるおじさんだよ。会えばわかるって」

マナに手を引かれるがまま向かった先には、若い男性が1人。
こちらに気付いたようで片手を上げ笑顔で話しかけてきた。

「やぁ、マナ。彼女がいつも話しているお友達だね。コユキちゃん、だったかな?マナがいつもお世話になってます」

「えっ、あ、はい、いえ…。あ、あの、マナちゃんのお父さん、ですか」

「そうだよ。僕がマナの父です。そんなに堅苦しくしなくて大丈夫だからね」

「……はい」

突然話しかけられて固まってしまった私に変わり、マナが間に入る。

「パパ、コユキがピアノ弾いてくれるんだよ。曲は『夕焼けの色』。パパもこの曲が1番好きでしょ?楽しみにしててね」

「あぁ、とても楽しみだ。初めてだね。“サヤカ”の歌を外で歌うのは。おっと、hiKariだったね」

………ん?

「あ、そっか、コユキには言ってなかったね。hiKariって、私のママなんだ。本名はサヤカ」

えええええええええええ⁉︎
声にならない声が脳内で響き渡る。
え、ということは…

「え、じゃあ家で聴いてたっていうのはもしかして…な、生歌を…⁉︎」

「あ、突っ込むところそこなんだ。そうだよ、毎日家で聴いてた。目の前で歌ってくれたから。MVに出てるhiKari、いつも椅子に座ってたでしょ?ママ、学生の頃に事故で両足麻痺してるから」

「あ、だからメディアには1度も出てこなかったのか…。色々聞きたいことはあるけど、でも生歌聴けるって羨ましい気持ちが勝っちゃって…!えええ、ええ…」

もう言葉にもならない。
驚きを隠せない。
そんな私を見て笑う2人は、なんだかすごく楽しそうだ。

最初はただ、マナのお父さんが若くてかっこよくて、おじさんとは程遠いじゃん…なんて思って驚いていたのに。

まさかこんなにも大きな爆弾を抱えていたとは。
でも、マナを見れば見るほど思うことがある。

「hiKariによく似てるね。笑った顔」
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マナのお父さんとの挨拶を済ませ、私達はステージ裏で待機していた。

いよいよ次は私達の番だ。

「それでは登場していただきましょう!曲目はhiKariの『夕焼けの色』です」

司会者の言葉を合図に、ステージへ上がる。
マナと目配せをし、静かになった体育館にピアノの音を響かせる。

まさかマナのお母さんがhiKariだったなんて。
正直驚いたが、同時にマナの中にhiKariが生きているのだと知れて嬉しい気持ちもある。

人が1番最初に忘れるとされている声が、唯一彼女を現世に留まらせているものだと、そう思っていた。

だけどその“声”があったからこそ、私はマナと出会うことが出来たんだ。
その事実は、これからも変わらない。

もしかしたら今この場には、私達以外hiKariを知っている人はいないかもしれない。
でもそれでいい。

マナの歌声と、私の演奏でこの会場にいる全ての人に“hiKari”を知らしめてやろう。

きっと今、私達の想いはひとつだ。

4/8/2024, 7:31:26 PM