真愛つむり

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チュンチュン……

どこからともなく聞こえてくる小鳥のさえずりが、朝の目覚め難さをいくらかマシにしてくれる。

私は普段の数倍厳かな気分でベッドから下り、今日で最後になる制服に袖を通した。

今日は私たち6年生の卒業式だ。


本番は予行練習より感動的だった。あらゆる装飾が綺麗だし、お祝いの言葉も端折られない。私が特に好きなのは歌だ。卒業生、在校生、それぞれが選んだ歌を歌う。その歌詞に込められた想いをしみじみと受け取り、私たちは巣立っていく。

入場に比べてそそくさと退場する。立つ鳥跡を濁さず、か。この学び舎に、未練がまったくないといったら嘘になる。まだまだ遊び足りない場所、話し足りない人。

それでも前を向いて立っていられたのは、この6年間、私たちに自信を与えてくれた教師・生徒たちのおかげだと思う。感謝の気持ちを、いつまでも忘れないでいたい。


教室で級友と最後の言葉を交わした後、父とともに駐車場へ。なんだか無性にあの人と話したい。


その願いは割とすぐ叶えられた。帰宅して私服に着替え、脱いだ制服を丁寧にしまっていると、父がやってきた。

「あらためて、卒業おめでとう」

父がくれたのは、ラッピングされた小さな箱。卒業祝いだという。中身は腕時計だった。

「わぁ、かっこいい! ありがとう!」

私の好みドンピシャなデザイン。流石です父上。

「実は、もうひとつある」

「えっ、まだ!?」

「といっても、これは私と高遠先生からだ」

「先生から!!」

高遠頼広、私の家庭教師である。

私は驚くと同時に少し不思議に思った。なぜ直接渡してくれないのだろう。来週には会えるのに。

受け取ったのは、小さめの封筒。まさかお金じゃないよな……とドキドキしながら開けてみた。中身は謎のアルファベットと数字が羅列されたメモ紙だ。

「?」

私が首を傾げると、父がニヤッと笑ってその正体を教えてくれた。

「それは先生のLINE IDだ」

「えっっっ!!?」

狂喜のあまり二の句が継げずにいると、父が経緯を説明してくれる。

「お前ももう中学生だ。忙しくなるし、急な予定の変更も増えるだろう。先生と話し合って、直接やりとりしてもいいことにした」

「と、父さんっ、ありがとう……!」

「どういたしまして」

私のあまりの喜びように、父は内心複雑だったかもしれない。それでも微笑んで、震える指でスマホを操作する私を見守ってくれた。

『先生、卒業祝いありがとうございます。これからもよろしくお願いします😆』

送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。

『卒業おめでとう🌸 こちらこそよろしくお願いします。』

先生、返信早い♪

もしかして待っててくれたのかな、なんて都合のいいことを考えてしまう。そうじゃないにしても、すぐにチェックしてくれたのは喜ばしいことだ。

『次に会えるのは来週ですよね、楽しみです!』

『私もですよ。中学入学にむけてしっかり準備させますから、覚悟しておいてください』

『うっ、先生まじめ……』

『当然です。煌時くんの苦手な算数からやりましょう』

『数学になるんだっけ』

『そうです。難しくなるので躓かないよう対策しましょうね』

『はい(´・ω・`)』

私の下心などまるで知らないとでもいうような会話になったが、私は概ね満足だった。けれども今日は卒業式。神様も祝福してくれるらしい。

『今用事が済んで、帰宅したところです。もし時間があるようなら、通話しますか?』

通話。通話……通話!?

『はい!!』

待つこと数秒、突然ポップアップが表示され、着信音が鳴る。

私の胸も高鳴る。

「もしもし!」

『こんにちは煌時くん。卒業おめでとう』

「ありがとうございます!」

『また1歩大人に近づきましたね。君の成長は私も嬉しいです』

先生との会話でテンションが上がりきった私は、我にもなく悪戯心が湧いてきた。

「それは私が大人になったら、先生とちゃんと付き合えるからですか?」

茶化すように言ってみたが、本音も混じっている。先生が肯定する未来は見えないが、どう誤魔化してくれるのか、期待せずにはいられない。

『……』

「先生?」

珍しく言葉に詰まる先生。困らせてしまったことに焦った私は慌てて前言を撤回すべく口を開く。

「先生、今のは冗」

『そうですね』

「……へ?」

『楽しみですよ』

何が? と訊く前に、通話は切れた。

しばらく放心状態になる私。事の重大さを理解した瞬間、2階の窓から大空に向かって飛び立ちたい衝動に襲われた。

今なら翔べるんじゃないだろうか。


テーマ「鳥のように」

8/21/2024, 6:09:42 PM