『わぁ!』
早朝、眠い。
夏休み、もちろん二度寝は禁則じゃない。むしろ推奨だ。
何故眼が醒めたのかわからないまま、甘美な眠りの泥沼にひきこまれる。抵抗はしない。夏休みだから。
が、何やら鼻の辺りに触れるものがあった。
ふわふわ、もふっ。
うすく眼をあけた。可愛さの極致がそこにいる。
猫。
銀色の短毛。チンチラとシャムの血をひいていると、この子を譲ってくれた親戚は云っていた。
「んんんー、どしたのー?」
起こしたのはこの子だと知って、出るのはまさに猫なで声。まさに猫可愛がり。眠りを侵害した野暮も咎められない。
甘い声は猫からも返ってきた。
相思相愛!
そんなことを考えてにやけて。
だが次の瞬間、夢うつつの霧が暴力的に払われた、
「わぁ!?」
叫んで身を離したにはわけがある。
それは猫を飼った者が、もっと正確に云えば猫を飼うに値すると猫自身に認められた者が、直面するひとつの試練……。
ジジジジジジジ!!
唐突なけたたましい虫の音。
そう、蝉だ。猫が狩った戦利品。猫からの贈り物。
認められるのは嬉しいがこの贈り物は喜べない!
猫がぽとりと落とした蝉は死に物狂いの鳴き声をあげた。逃げだそうと破れた翅で逃走をはかる。だが容赦なく前脚の一撃で阻止して、猫はもう一度咥え、ご丁寧に飼い主の眼の前に差し出した。
煩いし気持ち悪いし、叱りとばしたい衝動。
だが猫にとってこれは親愛の情なのだろう。無碍にできない。
「い……いい子だね……」
半泣きで猫の頭を撫でて。
じたばた最期の力を振り絞って鳴く蝉をいったいどうすれば猫の機嫌を損ねずにおさめられるのか……。
誉めろと言わんばかりの猫。
「わ……わぁ……! おいしそうだね……」
そんな夏の朝。
朝も夏も始まったばかりだった。
1/26/2025, 11:42:19 AM