『忘れられない、いつまでも』
街へ買い物にやって来た悪役令嬢とベッキー。
「お給金で母ちゃんにお洒落な
帽子を買ってあげたいんです」
「ベッキーはいい子ですわね」
街を歩いていると、
馴染み深いメロディーが聞こえてきた。
ポポーポポポポ♪
ポポーポポポポ♪
ポポポポポーポポーポポー♪
安いよ、安いよ、新鮮なお肉を
たくさん取り揃えているよ!
『大衆食堂 ハッセン・ハンテン』と
書かれた看板を掲げる肉屋兼食堂。
店内を覗くと客がひしめき合い、
なかなかに繁盛している様子だ。
「わあ、お肉が安い!」
「あら本当!最近は物価が上がって
お肉も高くなってますのに」
悪役令嬢とベッキーがショーケースを
眺めていると、脂ぎった顔の店員が
出てきて二人にニヤリと笑いかけた。
「いらっしゃい。見てってくれよ~」
「ここは肉まんが名物みたいですね、お嬢様!」
「帰ってお茶と一緒にいただきましょうか」
悪役令嬢とベッキーは三人分の肉まんを
注文して、胸を弾ませながら屋敷へ帰った。
「おかえりなさい。主、ベッキー」
「ただいま帰りましたですわ」
「セバスチャンさん!肉まん買ってきましたよ!」
セバスチャンは鼻をくんと鳴らし、
ベッキーから差し出された袋を覗く。
「すみません。少しいただいてもよろしいですか」
「?どうぞ」
セバスチャンが取り出した肉まんを
一口齧ると、彼の表情は途端に険しくなり
饅頭の中身を凝視した。
「これ、食べない方がいいです」
「えっ」
「な、なぜですか。虫でも混入していましたか?」
「いえ、それよりも……」
後日、
あの肉屋の店員が逮捕されたという記事が
新聞に掲載された。
男は肉屋の店主と金銭関係で揉めた後、
店主と店の二階に暮らす彼の家族を惨殺。
その肉を客に提供していたらしい。
悪役令嬢とベッキーは
その後しばらくお肉を食べなかった。
彼女達はこの出来事をいつまでも忘れないだろう。
今でもあの肉屋の記憶が呼び込み君の
音楽と共に二人の頭の中に蘇ってくるのであった。
5/9/2024, 4:45:07 PM