神奈崎

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「ヴェーダくんは今夜の流星群にどんなお願いをするの?」
 雑多な一角の良好な日当たりを一身に受けるパン屋のお姉さんが、ガラス棚の向こうから問いかける無邪気な声で、ヴェーダ少年は今夜がそうだと久々に思い出した。
「流れ星って要するに燃えカスじゃん。興味ないよ」
「ロマンがないなぁ」
「ロマンじゃお腹は膨れないから」
「そうだねぇ」
 のほほんと返してくれるお姉さんは、今日もブリオッシュのように柔らかい茶色の髪を肩の上で踊らせながらガラス棚の上から身を乗り出す。そうでないと、正面ではなく影になる曲がり角で廃棄されたものを無断で食べてるヴェーダが見えないのだ。お姉さんは優しいので告げ口しないでくれているし、ヴェーダの片腕に抱っこされたバケットはこのパン屋で購入したので大目に見てもらいたい。
「私は君くらいの時に見たことあるんだけどね」
 固くなっている白パンをしっかり齧って飲み込み、また齧ったところで、お姉さんことクラリスが指し示すのが流星群だと気付く。
「たくさんの流れ星が夜空に広がるの。とっても綺麗だったのよ」
 うっとりと伏せられた目の奥で、口にした光景を再生しているのだろう。クラリスの表情はほんのり柔らかくて、寂しそうで。
 まなうらにいると思わしき兄貴分に小言の一つでも投げたくなったが、ヴェーダは両手に抱くのが正式な手段で購入したパンのみにしてから、ガラス棚の正面に立つ。
「願い事はしないけど、起きれたら見るよ」
「あっ、無理しないでいいのよ?」
「別に。無理じゃないし」
 不貞腐れたような声になったけど、クラリスには気付かれたくなくて、ヴェーダは「じゃ。今度こそアニキ引っ張ってくるから」と早口で言い捨てる形で馴染みのパン屋を後にしてしまった。
 なにかとじれったい誰かと誰かが結ばれるのであれば、星に願いも一興。

【流れ星に願いを/パン屋のお姉さんは訳アリ少年の保護者と何かと縁深い】

4/26/2023, 9:58:04 AM