かたいなか

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「このアプリ入れて最初のお題が、『遠くの街へ』だったのよな……」
まさか、2月に「近くの街へ」だの、「遠くの町へ」だの、そういう変化球来ないよな。某所在住物書きは今日も相変わらず、自分の執筆スタイルから何が書けるか、悶々に悩んでネット検索をさまよっている。
「街」と「町」は違うらしく、かつ、街の説明が各ページごとにゴチャゴチャ違う。
商店街、住宅街、街道に街頭。どの説明と、どの語句に基づいて街を書けば、楽に今回投稿分が終わるか。

「逆に『町』って、熟語少ない、ワケでもない?」
街に困ったら、町も調べよう。物書きは「町 熟語」に執筆のヒントを見出そうとして、
検索をかけた途端、「町」の字がゲシュった。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、早朝。
部屋の主を藤森といい、街に花と山野草あふれる雪国の出身で、ここ数年、例の感染症のために帰省をずっと見送っていたのだが、
国内での感染確認から4年、とうとう5年目に突入する泥沼と、なにより今回の題目が題目であったので、
過去の波の事例から、第10波の感染者数は2月末、3月上旬頃には減少に転じると賭け、予想し、
スマホで新幹線の予約を、取ろうとして、チケットの枚数で、悩んで首筋をかき、ため息を吐いていた。

職場で長い付き合いの後輩は、生粋の東京都民。
藤森のスマホに実家の花が、雪が送られてくるたび、あるいは藤森の部屋にクール便で到着した、田舎クォンティティーの野菜等々を分けてもらうたび、
「連れてって」と、何度も駄々をこねた。
本人は世辞でも社交辞令でもないと言う。
事実だろうか。多分事実だろう。五分五分の確率で。

はぁ。
ぼっちの部屋に再度、ため息が溶けた。
ひとりで勝手に帰省して、土産のひとつでも買ってきて、事後報告するのが無難なのだ。
――去年後輩にデカい借りさえ作らなければ。

(8年越しの恋愛トラブル、粘着質な加元さんとの縁を切れたの、完全にアイツのおかげなんだよな……)

詳細は過去11月13日投稿分だが、スワイプが酷く、至極、わずらわしい。
要するに理想押しつけ厨の元恋人に執着され、職場にまで押し掛けられた藤森に、トラブル解消のきっかけを与えたのが、何を隠そう、この後輩であったのだ。
五分の世辞を警戒して単独帰省を敢行して、実は本心が五分の事実の方だったとき、
土産を受け取った後輩の、心的温度はどこまで急降下、あるいは急上昇するだろう。

『せんぱぁい?』
目を細め、口角が上がっているようで実は唇一文字、瞳がちっとも笑っていない後輩を、藤森は容易に想像することができた。
『わたしね、何回も、先輩に、「先輩の街へ連れてって」って、言ったような気がするの』
くしゃり。
きっと藤森が購入したご当地菓子だの、小さな紙製の包装箱だのは、秒で握りつぶされるだろう。
『ところで、加元さんの件、私、先輩からまだ貸し、取り立ててなかった気がするの。
桜が咲く頃とか予定無い?先輩の親友の、隣部署の宇曽野主任も、誘っちゃって良いかなぁ』
わぁ。たいへん。

「……話題だけ振っておくか」
高解像度の後輩が、藤森の脳内でスマホをかかげて、グランクラス料金で座席を予約する。
さすがに現実になっては困るのである。
藤森は時計をチラ見し、モーニングコールの名目には丁度良い時刻であることを確認して、
それとなく、ただそれとなく、後輩にメッセージを、
送ろうと思い立って、しかし送信直後に思い直し、
わざわざ朝っぱらに変な話題を提示するより、昼の休憩中にしれっと話す程度で良いだろうと考え、
最終的に、スマホを通勤バッグに突っ込んだ。

その日の昼休憩で予定通り、藤森は帰省時の新幹線の座席予約について、それこそしれっとサラっと、後輩に話を出したのだが、
結果として、後輩の本心は五分の事実の方だったらしく、グランクラスの出費は見事に回避された。
今年の2月末から3月上旬頃、藤森は後輩とともに、故郷たる花と山野草あふれる雪国の街へ、帰省することになる。

1/29/2024, 3:27:08 AM