『神様だけが知っている』2023.07.05
アイツは高校時代からの友人で、同じ事務所のタレントだった。
だから仲は良かった。一緒に買い物にも行ったし、旅行にも行ったし、悩み相談もたくさんした。
でも、ある事件をきっかけにアイツはこつぜんと行方をくらませた。結婚したばかりの奥さんを連れて。
どこに行ったのかも誰も知らないし、生きているのかも分からない。
事件がいい方向になっても、アイツは表に出てこなかった。
それから何十年かして、アイツと仲の良かった男が俺の前に現れた。
話をするうちに、アイツが事件から五年後にこの世を去った事を知った。
男もそれを知らずに、最近、アイツの息子から聞かされたらしい。
四十三歳。若すぎる死である。曰く、自ら幕を閉じたのだという。
アイツを取り巻く事件が解決したのは、それより三年前。
四十歳のアイツが知らないはずがなかった。
その三年の間に何があったのか、誰も知らない。
六十歳を少しすぎるこの歳になるまで、知らなかったのだ。
目の前で消沈する男も、アイツと共に舞台の上で生きた彼らも知らない。
アイツの家族が、それを自分たちに言わなかった理由も知らない。
仮に知っているとしたら、それは神様だけだ。
7/5/2023, 6:25:26 AM