桔花

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・忘れたくても忘れられない
遠くに、車のライトの灯りが見えた。みるみるうちに、それは真っ暗なトンネルを煌々と照らし出す。
乗っているのは若いカップル。その顔には、好奇心がありありと浮かんでいた。
女の方が、スマホを構える。長い髪を綺麗にセットして、メイクもばっちり。
それに比べて私はどうだろう。長さこそ彼女と同じくらいとはいえ、ろくに手入れもされていない髪はボサボサ。
ところどころ血がついて、カピカピに固まっていたりする。サイドミラーに、一瞬、自分の姿が映った。
落ち窪んだ眼窩。変な方向に曲がった腕。全身にまとわりつく、赤黒い血。
悲鳴が上がる。

本当に、私は、バカな女だ。
大好きだった彼氏に騙されて。
悲観して、自殺した、救いようのない女だ。
ああ、全部、忘れてしまいたい。
関係のない人々を、これ以上巻き込みたくない。
なのにどうして。
こんなに、憎いんだろう。羨ましいと、ずるいと、思ってしまうんだろう。
暗く、狭い車内で、カップルは恐怖に目を見開いて動かない。コントロールを失った車は、そのままふらふら、崖の方へ吸い込まれていく。
ドォン
背後でそんな音を聞きながら、私は思う。
好きだったんだ。騙されてもなお、大好きだったんだ。
例え偽物だったとしても、彼の笑顔を、思い出を、忘れることなんて、私にはできないのだ、と。
それは死刑宣告にも等しくて。赤々と燃える火炎を背に、私は自重気味に笑った。

10/18/2023, 2:32:39 PM