《手紙の行方》
「え、また手紙の紛失ですか?」
「そう。真っ白の封筒なんだけど、何しろこの雪でしょ。雪に紛れて見失っちゃったらしくて」
とある雪の日、あたし、中川夏実が県警で紅野くんと警察見習いのようなことをしていると、鑑識から戻ってきたあたしたちの上司にあたる鈴木祈莉警部補(祈莉先輩)があたしたちを呼んだ。
「つまり僕らにその手紙を探せ、と」
「そゆことー。捜索範囲は桜ヶ丘と赤岩山(せきがんやま)の全域、あと朝日商店街と百合ヶ丘商店街」
「ほぼ並木町全域じゃないですか」
紅野くんが冷静に突っ込む。
「そうよー。落とした人は外回りの営業マン……。どこで落としたか全く心当たりがないんですって」
「とりあえず所轄と郵便局に電話すればいいのでは?」
紅野くんがまたど正論をぶつける。
「そうもいかないのよ。警察沙汰になったと分かったら会社の評判にも関わるらしくて」
「そんな重要な書類なんで落としたんですか……」
「さあね。で、警察が動くに動けないけどなんとかしてほしいってその営業マンが泣きついてきて、そこで白羽の矢が立ったのがあなたたち」
「確かに僕らは一応警察官じゃないですし適任かもしれませんが……」
「分かったならよろしく頼むわよー。それに今回は時間との勝負よ。何しろ雪だからびしゃびしゃになっちゃう」
「本当になんで落としたんですかね……」
紅野くんが呆れ顔で呟く。
「ちなみにこの前みたいに何かのイベントの実験でしたー、みたいなオチはないですよね?」
あたしが用心深く聞くと、祈莉先輩はないない〜、と笑う。
「本当にないですか? これでそんなパターンだったらあたし怒りますよ」
「今回は本当にないわよ〜。ま、いってらっしゃい!」
そんなこんなであたしと紅野くんは祈莉先輩に笑顔で送り出されて雪降る並木町を歩き回ることになった。
「……とは言え封筒が落ちてたら誰かが交番にでも届けてそうなものですよね」
とりあえず県警から1番近い朝日商店街に向かって歩いていると、紅野くんが口を開いた。
「確かにそうだよね。そもそも落とした時点で気づきそうなものだけど」
「とすると二手に分かれた方が手っ取り早いかもしれませんね。交番に聞き込みに行く人と、地道に探す人と」
「だね。あたし商店街のみんなに結構顔が効くから聞き込みがてらこの辺まわってみようか」
「なら僕は桜ヶ丘と赤岩山の所轄署と郵便局一通り回ってきましょうか」
「うん、よろしく」
というわけで二手に分かれてあたしは商店街で聞き込み。顔馴染みのおばちゃんたちに声をかけ、白い封筒を探してまわる、なかなか根気のいる作業。
そんな作業も始めてから1時間ほど経っただろうか、あたしのスマホに紅野くんから電話がかかってきた。
『夏実さん、今どこにいますか?!』
妙に切羽詰まった声にあたしは疑問符を浮かべながらも答える。
「あ、紅野くん? えーっと、ちょうど梅ヶ丘と赤岩山の境目くらいだと思うけど」
『だったら今すぐ朝日駅に向かってください!』
「朝日駅? どうして?」
『例の手紙は電車の中にある可能性があります! あと5分で朝日駅に問題の電車が到着しますから第一車両の1番前を確認してください!』
「え、あと5分?!」
あたしはそれを聞いて電話をしたまま走り出す。
「ちなみに紅野くんはどこにいるの?」
『桜ヶ丘の所轄署です! ここからじゃ間に合いません!』
「確かに! ちょっと待ってて!」
それから電話を切って走ること数分。問題の電車がやってきた。
「えーっと、第一車両の1番前……ない、な」
ついでに車掌さんに話を聞いてみると、ここにあったので落とし物として預かった封筒はほんの数分前に封筒の持ち主を名乗るサラリーマンが持って行った、とのこと。
「そのサラリーマン、どの駅で降りたとかわかりますか?」
「さあ……。多分桜ヶ丘だったと思うけど」
「わかりました! ありがとうございます!」
車掌さんにお礼を言って、電車が出発するギリギリで電車を降りる(反対列車と行き違いをしていたため、結構長く止まっていたのだ)。
「あ、もしもし紅野くん? あたし、夏実」
電車を降りてあたしは紅野くんに電話をかける。
『あ、夏実さん、見つかりました?』
「ううん。桜ヶ丘駅で降りたらしいサラリーマンが自分のものだって持ってったらしい。その人が祈莉先輩に泣きついた人なのかな?」
『だとしたら祈莉警部補からなんの連絡もないのはおかしいです。とりあえず僕は桜ヶ丘駅に行ってみますが……』
その後、紅野くんが桜ヶ丘駅に移動し、聞き込み調査をした結果、今度はカフェ・ホームズに行った可能性が高いとこのこと。
あたしが県警向かいのカフェ・ホームズに行くと、今度はそのホームズの姉妹店、赤岩美術館の1階にあるカフェ・ワトソンに行った可能性があるそう。
そこから、百合ヶ丘商店街の片隅の結婚式場、赤岩山の外れの観光名所『紫陽花の森』、梅ヶ丘の旧商店街の一角に位置するカフェ・ルパン、朝日駅すぐ近くの最強の師範がいる道場、挙げ句の果てには旧朝日中のオンボロ校舎……と町中を駆け回り。
「結局県警に戻ってきたじゃん……」
「僕らの苦労はなんだったのか……」
周り回って封筒の目撃情報は県警に辿り着いた。
「2人ともおかえり〜。封筒見つかったー?」
県警に戻ると、祈莉先輩が待ち構えていた。
「見つかるわけないじゃないですか〜。しかも結局町中駆け回ったんですけど」
「あはは、おつかれ〜。ちなみにこれが問題の封筒」
「「なんでここにあるんですか〜?」」
歩き回りすぎてげっそりとしたあたしと紅野くん。それを見て祈莉先輩はコロコロ笑う。
「いやー、この寒い中3時間も歩き回らせといて悪いんだけど実は今回もイベントの実験なのよー」
「「ええええ〜」」
疲れ果てて声をあげる気力もないあたしたち。まあそんなとこだろうなとは思ってたんだけど。だって普通サラリーマンが旧朝日中のオンボロ校舎なんか行くはずないし。
「ちなみに今回はどんなイベントなんです?」
紅野くんがげっそりとして聞く。
「地域の方々とコミュニケーションを取って地域の活性化と犯罪防止を図るイベントよ。ついでに歩き回るから健康促進にもつながるわ」
「祈莉先輩あたしたちをなんだと思ってるんですか〜?」
「だから悪いわねって言ってるじゃない。さー、担当者に報告報告〜」
祈莉先輩はそう言って部屋を出ていく。
地域とコミュニケーションを取ることには成功したけど3時間はやりすぎじゃないかな……?
とまあ例の如くあたしたちが実験台にされたわけだが、その1ヶ月後、地域全面協力の元、『手紙の行方を追え!』という名前のイベントとなり、大成功を収めたのだとか。
(おわり)
2025.2.18.《手紙の行方》
2/18/2025, 4:42:15 PM