ななせ

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あの事故でアイツを失って以来、何の意欲も湧かない。
行きたい場所なんて、前はいくらでも思いついた。アイツがいたから、どこへだって行く気になれたのに。
二人ともめちゃくちゃに怒って殴りあったケンカが変な理由で終わった時、
洗剤でシャボン玉を飛ばした空、
抱きあって喜んだあの瞬間を。
温かい家庭を築きたいと笑っていた笑顔、
イタズラに乗って一緒に叱られた時、
顔を見合わせて笑ったあの頃を。
忘れてしまえたらどれほど楽だろうか
けれど、では忘れるかと問われれば首を縦に振ることはない。
忘れてはならない。例え他の何もかもを忘れてしまおうと、これだけは。
誰にも話してはならない。自分だけの宝物だから。
それでも時たま、この感情を抱えたまま生きていくことを恐ろしく思えてしまう。
こちらに気付いて駆け寄るアイツはいつまでも綺麗なまま。それを悪夢で汚しているのは他でもない自分なのだ。
ただの人間に神性なんか見出さないでまるまる見通せたら良かった
見たままの、何でもない人物として接したら良かった
アイツを好きになる度に、アイツの本当の姿から離れていく
理想の色に塗り潰されて、元々描いてあった線がどこか分からなくなってしまった
いっそ綺麗に忘れられたなら
もう一度まっさらな状態で出会えたなら
ああ、そうだ。
やりたい事の欄に、「アイツに会う」が刻まれた。


お題『やりたいこと』

6/11/2024, 1:14:30 AM