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遠くの声

「おーい」
呼びかけられた気がして、後ろの雑木林を振り返った。山を登り始めた頃から曇りがちになって来たから、薄暗い木立の影がその根元に落ちていた。学校からの宿題の植物観察のため、友達と近所の山を登っている最中だった。
「聞こえた?」
隣を歩く友達にそう尋ねると、聞こえた、と彼も頷いた。
「おーい」
また、聞こえる。その声に聞き覚えは無いが、僕らと同じ子供の様だ。学校の友達かな、と言ったら、違うと、彼は首を振る。
「僕らを呼んでるみたい」
「返事をしちゃ駄目だ。行こう。振り向かないで」
「どうして?」
「引き込まれてしまうから」
少し背の高い友達を見上げたら、とても真剣な顔をしていたから、黙って頷いては二人で道を進んでいった。この友達は、たまに不思議なものが見えると言う。

「あれ?」
黙って歩き続けていたら、あっという間に山頂に着いてしまった。そこまで高い山でも無かったのだが。
「もう、抜けられたみたいだ」
「何を?」
「なんて言えばいいんだろ、彼方の世界かな」
「ふうん」
「またあの声に呼びかけられても、返事をしちゃ駄目だよ。まだ、行くのは早いから」
そう言って友達は、振り返った。いつの間にか空は晴れて、雲間から日が差し込んで後ろの木々を照らし出した。
「僕らはそっちにはいけない。ごめんね」
友達は誰に謝ったのだろう。あの声の子だろうか。

4/17/2025, 2:08:40 AM